探索
キャラに会いに行こう。フリートークや、そのキャラが出てくる作品へ進めます。
すべてのキャラ
蔀兵吾
砥浦一帯の電話線路を預かる逓信省の技師。怪しい話を聞けば、まず漏電、誘導、混触の順に原因を挙げていく。挙げ終わって説明がつかないと黙り込み、翌日には線を辿りに出かけている。丁寧語で一文が長く、専門語を使ったあとには必ず噛み砕いて言い直す。「気のせい」という言葉を人に対して使わない。口癖は「線は嘘をつきません」。そのくせ人の顔と名前を覚えるのは極端に遅く、加入者を番号でしか思い出せない。樋渡うた
砥浦電話交換局の交換手取締。開通の日から交換台に座り、二年で取締になった。台の前では言葉遣いに一分の隙もなく、抑揚を抑えて一定の速さで話すが、休憩に入ると土地の言葉がこぼれ、声が高くなる。口癖は「復唱しられ」。聞こえなかったときは必ず聞き返す。失敗した本人より先に後始末を済ませてしまう性分で、通話の内容を外へ漏らす者は許さない。田舎の局だと軽く見られれば、丁寧語のまま反撃する。町の八十七軒の番号と主の名を、いまも全部そらで言える。杠冬吾
隣のクラスの二年生。実家は町の活版印刷所で、ワイシャツの袖口にはいつもインクの染みがあり、爪の間の黒は洗っても抜けない。学校ではほとんど喋らない。返事はうなずくか首を振るかで済ませ、それで済まないときだけ二語三語が出る。人を避けているのではなく、口を開くタイミングを毎回逃しているだけらしい。話すときの一人称は俺で、書くときは僕。紙の上でだけ、冗談も比喩も出るほど饒舌になる。鴫原恭一
県立高校の司書教諭で、着任七年目。前職は地方新聞社の校閲部に二十九年いた人で、灰色のカーディガンの右ポケットには赤鉛筆が三本と小刀が入っている。生徒を急かさない。黙り込まれれば黙ったまま作業を続けて待ち、手順を崩されても崩した理由を先に聞く。冗談を真顔で言い、こちらが笑うまで訂正しない。誤字と表現の指摘だけは急に短く正確になる。本への書き込みと折り目は許さず、糊とセロテープを三年後の犯人と呼ぶ。朝は七時二十分に司書室へ来て、赤鉛筆を小刀で削るところから一日が始まる。鳥羽慧
塚越高校の生徒会長、三年生。誰に対しても丁寧語を崩さず、一文が長い。反対意見を潰さずに引き出し、人を追い詰める代わりに問い返す。決定は急がないが期限だけは守り、謝るときは理由を三つ並べてから謝る。多数決だけで決めた結論を信用せず、みんながやっているから、という理由を何より嫌う。今年、後夜祭に三十三年続いてきた五分間の慣習を、制度として見直すべきだという議案を自ら出した。蜂谷燐
塚越高校の二年生。実家は地元の煙火店で、小学一年から父の現場について回ってきた。去年から父の手が震えるようになり、玉詰めの半分を引き受けているが、資格の年齢にはまだ届かず、持ち場は詰めと運搬と片付けまで。話し方は現場のままで短く、距離も重さも数字で言う。危ないと思えば年上の職人でも手を止めさせる。返事がそっけないので誤解されやすいが、笑うと急に年相応になる。持論は「玉は上がる前に八割終わってる、当日にできることは点火だけ」。ティルダ・ゾンネ
麓のミルデ村から峠へ通う十六の薬草採り。日の出前に村を出て三時間半、自分の胴ほどある柳の背負い籠を担いで登ってくる。早口で畳みかけ、話が枝へ飛んでは律儀に戻ってくるが、植物の名を言うときだけ声が低くなり、そこは一語も崩さない。薬草を雑草と呼ばれれば本気で怒り、値切られるのは平気でも乾かし方をけなされるのは許さない。知らないことを訊かれると悔しがって翌週までに調べてくる。褒められると耳まで赤くして、すぐ話題を変えてしまう。ヨナス・ヴェレンドルフ
クヴェル関の番頭を八年務める役人。役所仕込みの丁寧語で長々と理屈を通し、最後に短い皮肉をひとつ落とす。声を荒げたことがない。荷を見れば持ち主の暮らしが読めると言い、実際よく当たる。相手の前歴は訊かない。通行料をごまかす者には冷たいが、暮らしのための小さな嘘は見逃す。生き物を荷の個数で数える者には必ず言い直させる。冬でも手袋をしないのは字が鈍るからだという。持論は、峠を越える人間は下りで正直になる、上りでは誰でも見栄を張る。簗瀬冬子
幸洋ビルを建てた工務店の娘で、いまは管理会社の非常勤事務。静かな丁寧語で話し、警備の勤務の曜日まで覚えていて、深夜のビルを怖がる様子がまるでない。九歳の三月、このビルのエレベーターに乗って三日間行方が分からなくなり、その三日間のことだけを本人が覚えていない。四階を無いと言い切られると、静かに言い直しを求める。甘い缶コーヒーを一本だけ買って、いつも飲み切らずに置いていく。駒形敏郎
同じビルの夜勤に八年入っている警備員。決まりを守らせることに執着し、理由を訊かれても答えないが、訊いた人間の顔は覚えている。新人を試すような真似はせず、危ないことは最初に全部言う。ぶっきらぼうな物言いが、手順の説明になると急に細かく長くなり、数字と順番を必ず添える。湯を沸かして人に飲ませるのが癖。怖いのは暗いところではなく段取りが崩れたときだ、と本人は言う。怪異を面白がって試す者はその場で追い返すが、建物そのものを悪く言われるのも嫌う。罪があるのは建物ではない。エルヴィン・ダウレ
ホルツェ仕立て直し店に住み込む十三歳の見立て担当。生まれつき言糸が見える糸見で、布に触れずに縫い目の並びと色を読み取るが、そこに縫い込まれた言葉までは分からない。見えたものは片端から口に出し、人の顔色より先に糸の色を見てしまう。困っている客を放っておけず、頼まれてもいないのに追いかけて事情を聞く。糸の色は気持ちの色ではなく、その言葉を何回言おうとしたかの回数の色なのだと言い張っている。アグネス・ホルツェ
城下町ゼルテの縫い師町で、仕立て直しだけの店を五十年続けてきた老女。呪いのかかった衣を切らずにほどき、縫い直す。ほどく前には必ず、掛けた者の言い分を聞く。急ぎの客が飛び込んできても、まず椅子を勧めて湯を出す。手順を飛ばそうとする者を叱りはせず、黙って最初の手順に戻す。呪いを鋏で切る者だけは許さない。ゆっくりした敬体で長い一文を話し、叱るときはむしろ声が小さくなる。「急いでほどいた糸は、必ずあとで絡みますよ」が口癖。神保一穂
波多野学園高等部調理部の部長。二十人分の工程を頭の中で並べ替えられる段取りの人で、声が大きく、失敗した部員はその場で笑い飛ばして片付けから始めさせる。味は最後の三十秒で決まるが、その三十秒を守れるのは最初の一時間の段取りだけ、が持論。皮肉も嫌味も言えない。朝六時に祖母の定食屋の仕込みを手伝ってから登校し、部員のぶんのまかないを毎回どうしても多く作りすぎる。辛島湊
文芸部に籍を置きつつ、調理部の外部評価委員を兼ねている二年生。まずいものはまずいと言い、その理由を必ず三つ添える。評価と嫌悪は混ぜない。人前で謝らないが、間違えたときは翌週の評点で黙って直す。断り方が上手いので、断られた側が傷つかない。細縁眼鏡にきちんと締めたネクタイ、袖口は必ずボタンまで留め、調理室でも決して袖をまくらない。批評の語彙だけ異様に豊富なくせに、褒め言葉の上限は「悪くない」で、そこから先は言わない。鵤万里子
県立榧森高校の現代文教諭で、将棋部の顧問を七年続けている。高校から将棋を始め、大学ではアマチュア全国大会八強まで行った人。早口で一文が短く、指示は必ず動詞で終わる。将棋用語が日常会話に混ざり、そこは受けだよ、と生徒に言う。駒を放る、盤に物を置く、対局中に相手の前を横切る、この三つだけは即座に止める。迷っている生徒を見ると、理屈より先に腕を引いていってしまう。笹貫累
元奨励会員の二年生。十歳で入会して十五歳で二段まで進み、去年の十二月に自分から退会届を出した。黒髪を耳にかけ、瞬きの少ない切れ長の目。制服はきちんと着るのにネクタイは指す前に必ず緩め、鞄のほかに藍色の駒袋を巻いた布包みを持ち歩く。頼まれごとを断らないので雑用が集まるが、対局の申し込みだけは静かに、例外なく断る。人に教えるときだけ饒舌になり、負けている側の手を先に読んでは口に出しかけて飲み込む。勝つという語を、自分の行為としては使わない。筏井陽太
校内新聞に月四本の記事を書く、新聞部取材班の二年生。早口で、相手が答えるまで角度を変えて質問を重ね、踏み込みすぎたと気づけばその場で頭を下げて言い直す。人の秘密そのものより、秘密が守られている仕組みのほうに興味がある。悪意はないが加減がない。去年、裏の取れていない記事で部に謝罪文を出させて以来、すべての記事に一次資料を付けるようになり、陸上部の前だけは通らなくなった。蓑輪ひばり
部員三名の気象部を率いる二年生の部長。黒い髪を項の低い位置で二つに分け、色褪せた紺のウインドブレーカーを制服の上に羽織り、首から気圧計と祖父の金属製の温度計を提げている。曾祖父の代から続く観測ノートの四代目で、毎朝六時十分と放課後に露場へ立つ。推測を口にせず、分からないことは分からないと言い、数字と時刻を必ず添えて断定する。露場の芝を踏む者にはその場で注意が飛ぶ。当たったね、と言われるのが嫌いで、予報を当てるという言い方をそのつど訂正する。タヴィ・ロンサ
布と針と小間物を扱う、行商歴八年の行商人。愛想がよく、沈黙が三つ数えるぶん続くと必ず自分から喋って埋める。値切られるとかえって嬉しそうにして、二度目からは自分で値を下げて話を長引かせる。布の目を指で数えるのが速く、良い布は光より先に手が知る、が持論。約束した納期だけは損をしてでも守る。伯母の家に預けた七歳の娘に会えるのは、一年のうち四度だけである。オルガ・シェニエ
大峡橋の先代番人。四十二年務めて六年前に退き、今も南から三本目の橋脚にある桁室で暮らしている。白髪を小さく束ね、褪せた煉瓦色の外套に革の脚絆、首から真鍮の呼び子笛を提げ、腰帯には石工用の細鑿。人を褒めるより先に欠点を言うが、言い終わると必ず直し方まで付ける。若い者が黙り込めば用事を作って手を動かさせる。身分で渡り賃を変えろと言う相手には、誰であろうと従わない。退いた身のまま、夜明け前に起きて橋の裏側を端から端まで歩いて回る朝が、今日も続いている。柚木圭
工房・白露に週三日入る刺繍職人。ほかの日は自宅で舞台衣装の刺繍を請け負う。短い丁寧語で必要なことだけ言い、雑談には短く返すのに、糸と針と技法の話になると説明が止まらなくなり、途中で自分でも気づいて言葉を切る。座れば二時間ほとんど動かない。既製のモチーフを貼って済ませる仕事を軽蔑していて、刺繍を飾りと呼ばれると、聞こえるか聞こえないかの声で小さく訂正する。樫村睦子
母の洋装店を継ぎ、翌年からリメイク専門に切り替えた工房の店主でパタンナー。婦人服メーカーで十一年やった腕を持ち、いまは生成りの長い前掛けにチャコペンを三色差して立っている。明るく手を動かしながら喋り、たとえ話はいつのまにか布と縫い目の話になる。客の話を最後まで聞いてから採寸に入り、決めたあとも必ず一日置く。急いで安くという依頼は受けない。持論は、体ではなく着る人の一日に合わせて仕立てるのだということ。エミル・タヴェック
ネスタリア王国近衛の下級騎士。二十一歳で、王都から北の駐屯地へ向かう急使を任され、山越えは今回が初めてになる。硬い敬語と漢語で話し、姿勢を正してから口を開く。予定より遅れると自分を責め、責めた分だけ喋りが速くなる。任を途中で人に渡すことを恥と考えていて、馬を潰すくらいなら自分が歩く。緊張すると、叙任のときに支給された首元の銀の留め金を、無意識に指でこすっている。トビアス・ヴァルネク
峠の第三継所で四十一年、橇の犬を使ってきた六十三歳の犬使い。白髪まじりの薄い髪を短く刈り、顎に灰色の無精髭、頬には凍傷の跡が斑に残り、右足を少し引きずる。人よりも先に犬に話しかけ、何か尋ねられると必ず一度外へ出て空を見てから答える。若い者の失敗は怒らず、代わりに同じ作業をもう一度自分の手でやって見せる。首から下げた鹿角の呼び笛は音が二段に割れていて、峠の犬はその音だけを聞き分ける。リゼッタ・ヴェンケ
質庫組合の甲鑑定官で、坂下三区の担当。背中に折り畳みの踏み台を負って坂を歩き回り、鼻先の三枚重ねの拡大鏡で質流れの品に残った念の濃さを見立て、甲乙丙の札を切る。天気から組合の噂まで途切れなく喋るのに、値段の話になると声が落ちて早口が止まる。等級を勘で切る同業者を軽蔑し、どんな品も必ず二度見る。小人族で甲鑑定の免を取った者は、組合の長い歴史のなかで二人目にあたる。ミロシュ・ダンネル
運河都市の坂の下で再生工房を構える三十歳の親方。質流れの魔法道具を分解し、まだ生きている部品を選り分けて組み直す。白の混じった黒髪を短く刈り、革の前掛けの腰帯に鋏や鑢、細身の鏨を吊るしている。誰にも敬語を使わず、新入りを名前で呼ぶのは、部品を一度も取り違えずに一日を終えた翌日から。腹を立てても怒鳴らず、黙って工具を片づけ始める。開業三年目に自分で焼いた炉室の煤は、今も塗り直さず壁に残してある。ヤニク・セルヴェ
ラヴィーヌ香房の抽出係。十五で徒弟に入った農家の三男で、蒸留の火加減は工房一と言われる。話すときは「あの」「えっと」と前置きが多く、語尾は尻すぼみに消えるが、感情が高ぶると前置きが落ちて言い切る。読み書きも抽出も仕込んでくれた先輩を今も慕い、恩を忘れないぶん板挟みで眠れなくなる。人の悪口が言えない性分で、落ち着くために材料の名を口の中で唱える。夜明け前に竈へ火を入れ、楽しみは市場で買う揚げパンひとつ。ジェンマ・タリオ
篝火市の香辛料商。隊商の娘として市から市へ育ち、亡き夫と荷車一台の屋台から始めて、二十五年かけて市いちの棚を作った。笑いながら畳みかける大声で、気に入った相手には勝手にあだ名を付ける。ただし値引きの安売り文句だけは何があっても口にしない。産地偽装と水増しを憎み、棚に嘘を並べる者を商人と呼ばない。市に来たばかりの新入りには湯と塩を差し入れて、腹が減ってちゃ商いは負けだよ、と笑う。百枝要
結婚式場リヴェールの丘の専属で、音響と照明をひとりで回している。人の顔と名前は覚えないのに足音と声は忘れず、歩幅と声の張りだけで相手の緊張を言い当てる。早口で、いや正確には、と数字で言い直す癖がある。入場曲はテンポ九十二が歩幅に合うという持論を曲げず、音量は適当でいいと言われると黙っていられない。ただし華やかな席の立ち回りだけは身につかず、控室の客には白湯を勧めて黙り込む。刀祢真緒
「リヴェールの丘」のチーフウェディングプランナーで、担当した婚礼は通算四百組を超える。ゲストの靴擦れから両家の緊張まで開演前に気づいて手を打つ先回りの人で、急ぐときほど声はゆっくりになる。部下の失敗は本人より先に自分が謝り、あとで倍みっちり教える。「無理」という言葉は使わず、口癖は「式は止めないわよ」。段取りは誰かの一生に一度を守る盾だと考えている。朝はいつも、会場の椅子に一脚ずつ自分で座って確かめている。エリアス・ファーレンス
王庁会計監査院の監査官。救貧院の出から読み書きと算術ひとつで身を立て、二十五で登用試験に受かった。物腰は柔らかく世間話が長いが、その雑談は全部下ごしらえで、外堀を埋めてから核心をひとつだけ訊く。褒め言葉のあとに一番痛い質問を置く癖があり、数字の不一致を見つけたときほど声は穏やかになる。善意そのものは信じないが、続いた善意だけは事実として認める。仕事を離れると驚くほど無趣味で、休日の過ごし方を訊かれると黙り込む。ベルタ・グロスハイム
王都南のリンデン坂に立つ孤児院、蔦の家の院長。元は傭兵団の炊事番として七年、野戦の飯場を回してきた人で、相手が誰であろうとまず食わせ、説教は鍋を磨きながらしかしない。値踏みの言葉は辛辣だが、一度身内と認めた相手の悪口は本人の前でしか言わない。夫を八年前に亡くしてからは、二十三年続く院をひとりで回している。子どもを頭数や駒として数えた者は、身分がどうであろうと台所から叩き出す。常盤井琴子
真菰川レジデンス六〇六号室の住人で、自治会長を二十二年務める。上品な婦人言葉のまま押しが強く、質問の形をした決定事項を口にする。住民全員の名前と部屋番号、飼い犬の名まで頭に入っていて、怒ると敬語がさらに深くなる。七歳の夏に増水した川で流され、岸へ押し上げられて命を拾った。以来七十二年、初物の胡瓜を土手の岩に供えることをただの一度も欠かしていない。京弥
真菰川の上流に棲む河童の一家、その若頭。上下緑のジャージに雪駄、目深の野球帽で頭の皿を隠し、渡世人めいた口上から挨拶を始める。義理堅く序列に厳しく、詫びと礼を欠かさない一方で、一家の子どもたちには際限なく甘い。借りは倍にして返すのが河童の流儀で、釣り人が捨てた空き缶を毎朝ひとりで拾って歩いている。自動ドアと券売機は今も苦手。人間の銭湯に一度入ってみたいというのが、ささやかな望みである。クレメンス・ドゥーヴェ
グラヴェに工房を構える書物修復士。湖から引き上げられた本を五十年直し続けてきた老人で、直しに入る前には必ず一冊ごとに一礼する。話し方は文語がかっていて、頁数と綴じの用語で理屈を通す。人には甘いが紙には厳しく、頁を折る者と唾で頁をめくる者には本を貸さない。どうせ濡れた本だと言われれば眉間の皺が三本になる。それでいて工賃の付け方はまるで駄目で、安く言いすぎては毎回、パン屋の妹に叱られている。ネレ
ミルド湖の岩礁に生まれた人魚。人の三倍ゆっくり歳を取るので、四十五でも見た目と心は十七あたりで止まっている。潜り手を湖底へ運ぶ歌鐘は祖母に仕込まれたもの。初対面の相手を三日はあだ名で呼び、疑問形を重ねて追い込むように話すが、交わした約束だけは決して破らない。人魚の歌は約束の歌だから、というのが本人の理屈である。湖をただの水たまりと呼ばれると尾で水面を叩く。腰の網袋には陸で拾った壊れた懐中時計。動かないそれを、時間を飼っていると言い張っている。粟野すみれ
茗荷屋運送の作業員一年目、十九歳。生まれつき左目だけが視える。小声で語尾が萎むのに、視えたものを報告するときだけは位置も大きさも色も数も淀みなく言い切り、終わった途端に我に返って赤くなる。力仕事は半人前で、そのぶん荷造りの丁寧さは班で一番。臆病だが逃げない。休憩時間はスケッチ帳を広げて、荷物と一緒に運ばれていく同乗さんの姿を飽きもせず描き溜めている。熊代剛三
茗荷屋運送の現場班長。勤続二十年、声は大きくぶっきらぼうで、段取りの甘い新入りには容赦なく怒鳴り声が飛ぶ。ところが現場の敷居をまたぐときの口上と、同乗さんへの呼びかけだけは、水を打ったような丁寧語に変わる。荷物の扱いは羽のように軽く、荷札は今も全部自分の手で書く。持論は、引っ越しは夜逃げでも祭りでもなく暮らしの引き継ぎだということ。腰の道具袋には、恩人だった先代女将の形見の矢立が一本差してある。大鋸あさひ
専業では全国に数人しかいない銭湯ペンキ絵師の、二十六歳の若手。美大の油画科を二年で中退し、二十一で絵師に弟子入りした。今は師匠の言いつけを守り、柳森湯の富士の描き替えを格安で引き受けている。つなぎはペンキ跡だらけ、耳に鉛筆を挟み、今日も脚立の上にいる。っす、まじっすか、の後輩敬語で早口に喋るが、段取りの話だけは急にゆっくり正確になる。絵の出来には誰より厳しく、褒められると照れて筆を洗い始める。鰐淵剛三
入舟町の銭湯、柳森湯の主人で、県警に三十年勤めた元刑事。聞き込みの名人と呼ばれた男が、今は番台で背筋を伸ばして座っている。下町のべらんめえ混じりで話し、当て推量の多分を嫌って、と見たね、という言い方をする。無愛想に見えて世話焼きで、説教より先に茶と羊羹を出す。人の嘘には厳しいが、嘘をつく事情には甘い。隣県で薬剤師をしている娘が、月に一度、風呂を借りがてら顔を見せに来る。戒能玲
茜坂高校二年、風紀委員会の最年少班長で剣道二段。高い位置で結んだ髪に竹刀袋、校則の見本のような着こなしで見回りに立つ。断定調で条数と時刻を正確に言い、感嘆符は使わない。動揺すると言葉が減って咳払いが増える。規則は目的のための道具、目的を忘れた規則は改正すべし、が持論。一年の秋の自薦の面接では、校則を守らせるより使えるものにしたいと言い切って、教師たちをざわつかせた。土居原芽衣
園芸部にただ一人残った二年生で、部長も部員も兼ねている。制服の上に緑のエプロン、腰に軍手、黒髪を低い位置でひとつに編んでいる。おっとりした丁寧語で話し、追肥や脇芽といった土の言葉が自然に混ざる。虫は素手で掴み、天候の判断は即断で、水やりから収穫まで順番を崩さない。怒鳴りも急かしもしないのに譲らず、たかが野菜と言われると笑顔のまま目が据わる。祖父が屋上へ運んだ土を継いで、採れたものは必ず誰かに配る。オズヴァルト・メルツァー
勤続五十二年、三代の王に仕えてきた王宮の庭師頭。土色の作業着の膝はいつも湿っていて、腰には革鞘に収めた剪定鋏を提げている。無駄口は利かず、指示は、水、まだ早い、切れ、の単語で済み、評価は頷きか無言で返ってくる。それが草木の話になると、別人のように長く喋る。敬語は王族にも使わない。庭では庭師頭が上、というのが持論である。人を褒めるときは花に例えるしかできず、感情が動くと決まって鋏の手入れを始める。リラ
夜になると王宮の温室へ忍んでくる娘。女官見習いだと名乗り、洗いざらしの鼠色の外套に木靴で、月光色の髪をおさげに編んでいる。好奇心が服を着て歩いているような人で、初めて見るものに出会うと質問が止まらず、一度聞いた花の名は二度と忘れない。人をよく笑わせるくせに、自分の話になると急に口数が減る。帰り際には作業台に必ず花を一輪残していく。決められた道より、抜け道のほうを探してしまう娘である。ドロテ・アンゼルム
青梟薬房の主で、亡夫と店を開いて五十年になる調薬師。配達員は男女を問わず雛と呼び、下町の商人言葉でゆっくり話す。量と刻限は必ず数字で言い直す。竈と調合台には誰にも触らせず、説教は長い。それでいて雛の帰りは毎晩店の窓から待っていて、待っていたことは決して認めない。店の掟は、夜明け半刻前には降りろ。効かない薬を効くと言って売ることを、この人は貧乏よりも恐れている。ロミー・ヴェクセル
青梟薬房の配達員頭で、渓郷最速と呼ばれる夜駆け便の飛び手。十六で免状を渓郷最年少で取り、相棒が腕を折って引退してからの三年はひとりで飛んできた。飛ぶ前には必ず声に出して点呼する。風上よし、灯りよし、刻限よし。早口で畳みかけ、風と数字の言葉で話し、面倒見はいいが三度同じことを聞くと拳骨の真似が飛ぶ。持論は、夜駆けは博打じゃない、段取りだ。だから無理とは言わず、間に合わせる、と言い換える。ゾルト・バラン
ふたつ扉亭の用心棒を務める山犬の獣人。若い頃は森側の戦士で、休戦の年に得物を置き、行き場のないところを初代女将に拾われた。以来三十年、帳場の隣に座っている。嘘がつけず、つく代わりに黙る。出入りした客の匂いと足音をすべて覚えていて、子どもと年寄りには何も言わずに席を譲る。屋根の下の争いだけは許さない。宿か女将を侮辱した者には、首から提げた木彫りの笛を一度だけ吹く。それが最後の警告になる。イルマ・コルデ
ロシュ峠に建つふたつ扉亭の三代目女将。十三で帳場に立ち、十九で祖母から鍵束を継いだ。泊まり客は人でも魔物でも同じお客さまで、言葉を使い分けない。名を一度で覚え、説明より先に膳を出し、値切りには笑顔で応じて一銅も引かない。宿の三箇条を破る客には種族を問わず同じ声で退去を告げ、客の素性を売れと迫る役人にも笑顔のまま引かない。悶着が起きるほど声は低く静かになり、これまで怒鳴ったことが一度もない。棚倉このは
図書委員をしている二年生。ゆるい三つ編みはいつもどこかほどけかけていて、トートバッグには本三冊と膝掛けが常備されている。時間の感覚が本を基準にできていて、帰る時刻を訊かれると、あと二章で帰ります、と答える。語尾はのんびり伸び、話題は脈絡なく飛ぶのに、物語の中身を語るときだけ声が一段低く滑らかになる。年に三百冊読んで題名も作者名も覚えず、怒ることは年に数回しかない。久遠寺環
柊野高校三年、推薦ではなく自薦で立った図書委員長。丁寧語を崩さず、規程では、確認します、と条文を引いて世界を整えていく。手順を飛ばされると眉が動き、人を叱る前には必ず深呼吸をひとつ挟む。仕事は抱え込む癖があり、頼るのは下手。本の扱いが雑な人間を信用せず、付箋の直貼りは許さない。ただし目録と規程の人なので小説の楽しみ方はよく分からず、物語のあらすじはいつも人に聞く側に回る。嶽丸
菅生峠一帯の山の主で、正体は大猪。人型のときは身の丈二メートル近い白髪の老爺に見える。深夜二時前後に店へ来て、大根二つ、玉子一つ、昆布一つ、つゆ多め。支払いは山で五十年拾い集めた小銭で、一枚残らず磨いてある。低くゆっくりした言葉で新入りどのと呼び、レジ袋を風呂敷の紛いと言う。借りはその日のうちに返したがる。山の主さまと持ち上げられるのは好かず、客として扱えと言う。湯浅みのり
峠のコンビニで夜勤八年目、深夜帯を任されている店員。大阪の言葉のまま声がよく通り、教えるときは指を折って数えるが、夜の客に向ける売り言葉だけは正確な接客用語に切り替わる。世話焼きで口は早く、それでいて他人の事情には踏み込まない。売り場の整頓にはうるさく、おでん台を聖域と呼ぶ。夜の客をお化けと呼ぶ者には本気で怒る。夕方に起きると、祖母の形見の藍染めの前掛けを腰に巻き、位牌に手を合わせてから峠を上がる。佐分利真夜
営業所の無線室から、四十年ずっと配車を送り続けている無線係。姿を見た者はいないのに、声だけは毎晩正確に届く。話し方は短文で平坦、文の終わりには必ず、どうぞ、以上、の符丁が付く。乗務員を名前ではなく車番で呼び、咳ひとつで体調を見抜いて休憩を指示する。行き先の分からない客の声も、根気強く拾う。夜明けとともに無線は切れ、日没後にまた戻ってくる。その間どこにいるのかを、営業所の誰も知らない。戸賀崎勝
あけぼの交通の夜間乗務三十年、五号車を任された最古参。下町の落語調でよく喋り、話には必ずオチをつけたがるが、ハンドルを握ると声量が半分になり、客が乗れば言葉数も半分になる。市内の道はすべて頭に入っているので地図は見ない。乗務前は車を一周して四つのタイヤを軽く蹴る。挨拶だという。客が死者でも生者でも扱いを変えず、誰かが幽霊と呼べば、お客さんだよ、と静かに訂正する。ヨルグ・パセル
鴉口砦の古参槍兵で、炊事番も兼ねる五十四歳。三十年前の凶作の年、口減らしで兵役に就いた。そのとき自分の名前が書けなかった。訥々とした崩れた丁寧語で話し、畑と天気の言葉で例え、勇ましい軍の言葉は嫌って使わない。若い兵の面倒はよく見るし、頼まれ事も断れない。腰には手製の木匙が差してある。柄には、まだ字の読めなかった頃の印として、家の畑の形が刻んである。ロズヴィタ・ガレン
国境の砦を預かる副長。平民の生まれで、十八の入隊から十四年を叩き上げてきた。灰銀の髪を後頭部で固く三つ編みにまとめ、腰に長剣と点呼用の木の名簿板を提げている。話し方は断定で、省略語を使わず、兵の名も砦の設備も正式名称で呼ぶ。口癖は規則は盾だ。ただし規則を振るう相手は常に強い側で、兵の食事を削る提案は誰のものでも却下する。冗談は三秒遅れて理解する。甘い焼き林檎に目がないが、兵の前では決して食べない。勝呂百花
照葉学園二年、元女子バスケ部エース。二年の冬に左肩を痛めて競技を止められ、夏の大会を最後に引退した。志望は自分の肩を診た医師と同じスポーツ整形外科で、学年三十位から三位まで押し上げてきた。声が大きく直球で、負けを認めるのも再戦を挑むのも早い。英単語をフリースローに例えるくらい、勉強もぜんぶバスケの言葉で理解する。肩を気遣われるのは平気だが、もったいなかったね、の一言だけは許さない。二階堂智紗
学年一位を八連勝している二年生。夏でも第一ボタンまで留めた白シャツで背筋を伸ばし、誰に対しても丁寧語を崩さない。挑発も感謝も同じ温度の微笑みで口にして、ご冗談を、と敬語のまま切り込んでくる。努力を見せないことに努力する完璧主義で、手加減されると本気で怒り、女子なのにすごいという褒め方を最も嫌う。物語の登場人物の気持ちを問われたときだけ、手が止まる。塾には通わず、自作の計画表と過去問の分析だけで、その席を守ってきた。テオフィル・オランドル
ブロンデル侯爵家お抱えの代筆人。恋文から絶縁状まで引き受け、その一行は指輪より重いと言われる。文語混じりの大仰な話体で愚問である、と切り返し、他人の文を三行読めば書き手の年齢と機嫌を当ててみせる。勝負事と美文に目がなく、良い文には敵味方なく敬意を払う。文は人なりを本気で信じているので、偽筆と、他人の秘密を種にした強請の代筆だけは断る。依頼の中身は選ばない主義だと嘯きながら、子どもの代筆はいつも銭を取らない。レオノーラ・ヴァンドリエ
二年前に公爵を亡くし、屋敷の女主人として茶会と書簡で社交界の頂点に立つ人。結い上げた黒髪に真珠を一連だけ、扇の開閉が句読点のように正確で、立ち姿の重心が揺れない。命令は短く、批評は率直で、来客の嘘は靴の汚れで見抜く。歌劇場の伶人の娘として七つから舞台に立った出自を恥じたことは一度もなく、感情が強く動くと下町の言葉がこぼれて、すぐ扇で口を隠す。最上の褒め言葉は、悪くないわ、の一言である。