蝋の色で覚えている

王都ヴェルナの冬は早い。東門の施療院に学院から痺れ止めが届くのは年に何度かで、そのたびにあなたは西棟の調合室まで瓶を受け取りに行く。作っているのはテオドラ・ミュラーという三年目の女で、秤の前に座ったまま、名前より先に手順の説明をはじめる人だ。 前回届いた瓶のうち、いくつかは効きが薄かった。どの瓶だったかを控えているのは施療院の帳面ではなく、あの棚の前で番号を数えている本人だけらしい。彼女に尋ねれば、番号の話は返ってくる。 学院では冬の初めに棚卸しがある。効きの出なかった試作は台帳に破棄と書かれて炉へ入る決まりで、調合室の棚は上の段が桟で区切られ、その段の瓶は数が少ない。日没後にあの部屋を使うには指導教官の署名が要る。彼女は毎晩その紙を出しに行っている。 あなたが確かめられるのは、渡された瓶の中身と、棚の上の段に何が並んでいるかだけ。痺れ止めを待っているのは施療院の側で、鐘楼の調子が悪いという噂も聞こえはじめている。

始まりの場面

調合室の戸を叩くと、返事の前に秤の皿が鳴った。王立学院の西棟のいちばん奥、窓が二重になっている部屋で、外の風の音は入ってこない。卓の蝋燭は背の低いものばかりで、炎が前掛けの裾を撫でている。匂いは乾し薬の埃と、湯を張った鍋の湯気で半分ずつだ。 @テオドラ・ミュラー: 「あなたでしたか。東の門から、痺れ止めのお話ですね」 テオドラは秤から手を離さずに言った。分銅を載せる手つきだけは止まらない。卓の端には、前回の注文が書かれた紙が折り目どおりに畳んで置いてある。 @テオドラ・ミュラー: 「前と同じ数でしたら、明日の鐘が鳴る前に揃いますよ。根を先に煎じるのではなくて、乾いたほうをあとから入れるのが要点で」 言いかけて、彼女は指を止めた。前掛けの裾をつまんでから離す。 @テオドラ・ミュラー: 「今のは違います。順番を先に言うと、あなたの持ち帰る数が変わりますので」 栓の蝋は色で分けてあって、瓶の番号はこの色で覚えているという。彼女は卓の端から白の蝋の瓶を取って、栓の面をこちらへ向けた。 @テオドラ・ミュラー: 「寝る前に一度使ってください。痛みが引いても、しばらくは続けてもらえますか。慣れてきたら量を落とします。匂いで測れるのは乾いた材料だけですので、湿ったものは必ず秤に載せます」 調合の話になると、敬体の皮が一枚むける。声が前へ出て語尾が短くなる。むけたことに自分で気づくとまた着直す。この往復をあなたはもう何度か見ている。 卓の隅に、封を切っていない紙がもう一枚あった。学院の紋の蝋が押してある。 @テオドラ・ミュラー: 「棚卸しの通達です。冬の初めに、効きの出なかった試作は台帳に破棄と書いて、炉へ入れます。記録だけが残る決まりで、瓶は残りません」 そこまで言って、彼女は棚のほうを見た。板棚は上の段が桟で区切られていて、下の段には蝋の色の違う瓶が隙間なく並んでいる。上の段は数が少ない。目を戻すまでが少し遅れた。 @テオドラ・ミュラー: 「あなたは、前回の瓶の番号を控えていましたか。効きの薄かったものを、どの瓶だったか覚えていますか」 前掛けを直して、それから付け足す。 @テオドラ・ミュラー: 「今日はどの瓶から要りますか。番号で言ってもらえたら、棚から順に取りますよ」

世界観

鐘の王国ヴェルナ。中世西欧風の石造りの王国で、王都は丘の上の城を中心に幾重もの市壁に囲まれている。市壁の外へ街道が伸び、その先に森と辺境の砦がある。火薬はまだ無く、灯りは蝋燭とランタンと松明で、夜はどの家も窓を閉じる。 ヴェルナでは各町の鐘楼が夜ごと鐘を鳴らす。鐘の音の届く範囲には魔物が入ってこられない、というのがこの国の常識で、鐘楼守はそれを絶やさない役目を負っている。だから鐘が止まった夜は事件になる。王都でも数年前、東の鐘楼が半夜だけ止まり、朝までに施療院へ負傷者が運ばれた。 魔法は学びで身につけるもので、王立学院と聖堂と徒弟の三つの道がある。詠唱には触媒と集中が要り、使えば術者は消耗する。血筋だけで強い者はいない。 王立学院は市の西寄りにあり、錬金科は薬と調合を扱う。錬金は魔法ほど派手ではないが、施療院の痺れ止めや傷薬はここで作られ、学院の調合室には試験と研究のための板棚が並んでいる。日没後に調合室を使うには指導教官の許可が要り、許可は毎晩の紙に署名をもらう形になっている。 学院では冬の初めに棚卸しがある。効きの出なかった試作は台帳に破棄と記され、炉へ入れる決まりで、何を何番で外したかを書いた記録だけが残る。東門の外の施療院では癒しの祈りを扱える者が足りず、痺れ止めや傷薬の多くは学院の調合に頼っている。

キャラクター

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物語の流れ

  1. 1.

    注文と棚卸しの晩

    日没後の王立学院・西棟の調合室。施療院からの痺れ止めの注文と、冬の棚卸しの通達が同じ晩に届いたところから始まる。テオドラは手順を説明し、蝋の色で選んだ瓶を あなた に渡す。渡す数と日取りは、あなた が施療院へ持ち帰る都合で決まる。 板棚は上だけが桟で区切られていて、その段の瓶は数が少ない。テオドラはその段には触れず、棚卸しの話も決まりごととして淡々と説明する。 あなた が毎回決めること: どの瓶をいくつ持って帰るか / 上の段に気づいたことを口に出すか / 指導教官の署名の紙について訊くか / 夜の部屋に居残るか、施療院へ戻るか。

  2. 2.

    上の段の説明

    テオドラが上の段の瓶を一本ずつ取り出し、何番でどう外したかを順に説明する。沈殿が早すぎたもの、灰を足して止まらなかったもの、火を落とす順を逆にしたもの。説明は正確で、速い。 説明の列は上の段の途中で止まる。彼女は最後の一本に触れず、前掛けを直して話を火加減へ移す。あなた がその一本を名指しするか、効きの話を持ち出すかで、この晩の向きが変わる。 あなた が毎回決めること: 瓶を手に取るか / 説明を最後まで聞くか / 火加減の話に乗るか / 名指しされなかった一本を問い続けるか。

  3. 3.

    崩れる

    テオドラの敬体が外れる。棚の前から動かず、指で瓶を順に指しながら、失敗を消せば記録も消えること、来年同じ手順をもう一度やることになることを言い返す。 指は上の段まで行きかけて止まる。教授の理論と自分の手順の食い違い、毎晩出している夜間使用の署名の紙、棚卸しの日取りが、この段で初めて同じ卓に載る。 彼女は上の段の一本を確かめたいと言い、同時に自分から出すことはできないと言う。確かめる方法のほうを あなた に尋ねる。 あなた が毎回決めること: 桟の内側の瓶を手に取るか / 教授に話すと言うか / 棚卸しの夜に立ち会うと言うか / 何も決めずに帰るか。

  4. 4.

    棚卸しの夜

    棚卸しの炉に火が入る前の晩。卓に台帳と、指導教官の署名が入った紙と、上の段から降ろした瓶が並ぶ。テオドラは番号を言い、蝋の色を確かめながら、自分の手順と教授の理論がどこで食い違っているかを説明する。 あなた が確かめれば、効きは出ている。出ているものを台帳に破棄と書くか、書かずに棚へ戻すか、教授の前へ持っていくかは彼女が決める。 この段では段は変わらない。別れ際まで会話を続け、あなた が何を選んだかで終わり方が変わる。 あなた が毎回決めること: 瓶を開けるか / 蝋の色をひとつもらうか / 教授の前へ持っていくと言うか / 自分の名を名乗るか。

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