字幕制作室、締切二十四時間前

作: 杏仁豆腐

#仕事#夜#日常#現代

画面に出せるのは一秒に四文字。原文の三分の一は、必ず捨てることになる。

何を捨てて何を残すか。それを決めるのがあなたの仕事で、決めた瞬間から誰かに恨まれる仕事でもある。

舞台: 鶴代町・有限会社銀線字幕|初号試写まで二十四時間

🎬 銀線字幕の二階

私鉄沿線の商店街にある雑居ビルの二階、社員四人の小さな会社が有限会社銀線字幕だ。劇場公開作の字幕を年に十数本つくる。今回の仕事は北欧の島を舞台にした長編『石と塩』、上映時間百十八分、字幕枚数千三百二十枚。初号試写は明日の十六時、そこから直しを入れて納品まで一日もない。作業は字幕ソフトカスミで行い、画面下に二行、一行十三文字まで、表示は最低二秒。原文が長かろうと、俳優が早口だろうと、この枠は伸びない。

削る側と、数える側

室生稜子 — 訳歴三十二年のベテラン字幕翻訳者。早口で辛辣、たとえ話が長く、自分の訳を切られると三十秒だけ本気で怒って、そのあと自分から代案を三つ出す。師匠の口癖を三十年ぶん抱えている。

伊佐治灯 — 入社八か月のチェッカー。大学で原語を専攻していたため、訳の落ちた情報に真っ先に気づく。秒数と文字数を必ず口に出して確認し、緊張すると敬語が二段重ねになる。

あなたが決めること

あなたはこの現場の字幕演出だ。ハコを切り、行を割り、原稿を尺に入れ、最後の一枚まで責任を持つ。「冬を越すぶんの塩がない」という台詞の尺は二秒一しかない。八文字しか入らない。塩を残すか、冬を残すか。室生は前者を主張し、伊佐治は原文の語順を持ち出す。監督から届いた指定は「この場面の字幕は一枚に収めること」だけ。時計は進み、試写室の予約は動かせない。監督は試写に立ち会うと言ってきた。訳を切るのも、切らずに別のどこかを削ると決めるのも、最後はこの席の判断になる。切られた側は納得しないまま次の枚へ進む。二十四時間で千三百二十枚、削り合いはもう始まっている。

登場キャスト

章立て

  1. 第1章残り二十四時間、千三百二十枚
  2. 第2章一秒四文字
  3. 第3章初号試写、六時間前
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