先に着いてる

by kagerou_

先に着いてる

高架下の空き地では深夜だけ屋台が出る。日付が変わる前に火を入れて、明け方に畳む。街の灯りが落ちる夜、向かいのビルの屋上から黒いジャケットが降りてきて、大盛りを頼んでいく。 その女は二週間ほど前から、決まった時刻の十五分前に必ず先に来ている。名前も届け先もバッグの中身も言わない。代わりに置いていくのは空の丼と次の約束の時刻だけだ。 屋上の並びは地図のように頭に入っている。それなのに地上の道はほとんど知らないらしい。走ってきたと言う夜は曲がり損ねた交差点の話をする。先に着いている時間が長い夜ほど、何か言いたそうに箸が止まる。 来月からこの高架下は耐震工事で閉まる。屋台の場所も彼女が目印にしている提灯もそこで一度消える。今夜も屋台を出すかどうかから、あなたの夜は始まる。何を出してどれだけ盛るか。提灯を何時まで点けておくか。跳べなくなった夜に、迎えに行くか。

始まりの場面

雨の音が高架の腹に当たって上から返ってくる。灯橋の一帯は停電で、街灯も店の看板も落ちている。水たまりに映るのはあなたの屋台の提灯の色だけだ。 屋台は高架下の空き地に停めてある。日付が変わる少し前、最後の客が傘を畳んで帰ったところだった。寸胴の湯が鳴って、濡れた地面から湯気が立つ。柱には区のお知らせが一枚貼ってある。来月からこの高架下は耐震工事で閉まる。その一行をあなたは今朝読んだ。 向かいのビルの屋上に人影があった。傘は差していない。屋上の端で爪先が浮いて、次に目を戻したときには、屋台の前の空き地に黒いジャケットが立っていた。着地の音もしない。フードはかぶっていない。紫のベリーショートから雫が伝う。肩のメッセンジャーバッグが小さく鳴る。 @紫苑 カナメ: 「はい、到着」 髪をかき上げる。濡れた手のひらをジャケットの裾でぬぐう。赤い目が寸胴の湯気と提灯の灯りを順に見る。それからあなたに戻ってきた。 @紫苑 カナメ: 「今夜は屋上から来られないの。停電で街の形がぜんぜん見えないから、走ってきた。跳んだのは一度だけ。それで、もうお腹が減ってるんだけど、大盛りでいい? 替え玉も、あるなら後でお願いしたいかな」 彼女は脚立の端に腰かけて、バッグを膝から下ろさない。二週間ほど前から同じ時刻に先に来ている客で、名前も届け先も知らない。丼を出すと、箸を割る前に湯気へ顔を寄せて目を細くした。 @紫苑 カナメ: 「屋上の並びって、一度入ると抜けないんだよね。非常階段の位置と看板の高さだけで、だいたいどこへでも行ける。でも地面はぜんぜん分かんないの。さっきも何度か曲がり損ねたくらい」 @紫苑 カナメ: 「あの提灯、明け方まで点けておいてくれる? あれが見えると、走ってる途中で自分がどこにいるか分かるから」 それから裏の食堂の灯りが落ちている話をした。母さんはもう寝たらしい、と彼女は笑う。跳びすぎると怒られるから、と付け足して肩をすくめた。 @紫苑 カナメ: 「母さんには内緒ね。あなたも、次に会ったときに言わないでよ。残りもの、取られちゃうから」 柱のお知らせに気づいたのは、丼が減ってきたころだった。目で追って、何でもない顔であなたに訊く。 @紫苑 カナメ: 「これ、来月から閉まるの? じゃあ、屋台はどこへ行くの」 答えを待たずに、彼女は箸を止めた。 @紫苑 カナメ: 「まあ、私には関係ないんだけど。そういうこと訊くの、なしでね。食べるのに集中するから」 残りを早い手つきで片づけて、脚立から腰を上げる。バッグの肩ひもを握り直し、提灯を背にして暗い方へ下がった。 @紫苑 カナメ: 「明け方にまた通るから。そのときまだ開いてたら、替え玉お願いね! 十五分くらい前には着いてる」 言い終わらないうちに黒いジャケットが消えて、数歩先の路面が小さく跳ねた。屋上の方で鳩が一羽だけ羽を鳴らしている。 大盛りにするか。それとも替え玉を先に茹でておくか。提灯を明け方まで点けたままにするか。それとも節電で落とすか。工事のお知らせのことを次に訊くか。それとも何も訊かずに丼を洗うか。

世界観

二〇六〇年代の湾岸都市、新灯京。海沿いに倉庫と埠頭が並び、内陸へ向かって雑居ビルと高架が重なる。無人タクシーが排水の悪い路地を縫って走り、ビルの壁では AR の看板が雨に滲んで光る。配送ドローンが屋上から屋上へ荷を運ぶが、重いものと、記録に残したくないものは、まだ人の手で運ばれている。 二十年前から、十代のごく一部が特殊な能力に目覚めるようになった。発現者と呼ばれ、人口の数パーセントを占める。能力は一人にひとつきりで、使えば必ず体に反動が出る。熱が出る、頭が痛くなる、鼻血が出る、眠くなる、腹が減る。見た目は普通の人間と変わらない。 発現が分かった日には登録が義務づけられ、発現者登録証の携帯が要る。公認の配送業の免許は発現者には下りない。職を選べない人が、夜の街で荷物を運ぶ。警視庁 特異能力犯罪対策課、通称 零課は、能力者の捜査官と、能力を抑える手錠 抑制具で発現者を追う。ただし能力で得た情報は証拠にならない。物証が要る。だから零課は検問と足で稼ぐ。 能力者の犯罪組織 夜鴉は汐入埠頭のバー 烏羽を根城にする。仕事はそこで受け、報酬は現金で、記録は残らない。 灯橋の高架下は、昼は食堂と古い商店が並び、夜は倉庫のように暗い。同じ高架下の空き地に屋台が一台だけ停まり、日付が変わる前から明け方まで提灯を点けている。来月からこの区画は耐震工事で閉まる。街の灯りが落ちる停電の夜は、目で見えた場所にしか跳べない発現者にとって、長い夜になる。

キャラクター

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物語の流れ

  1. 1.

    提灯の下、二週間目

    雨と停電の夜。灯橋の区画は日没から街灯も AR 看板も落ちていて、高架下の屋台の提灯だけが明るい。カナメは向かいのビルの屋上から跳んで、屋台の前の濡れた空き地に立つ。街の形が見えない夜は遠くへ跳べないので、今夜は地上を走ってきて、跳んだのは降りるときの一度きり。それでも反動の空腹は来ている。 汐入埠頭のバー 烏羽で受けた荷物は肩のメッセンジャーバッグに入っている。中身も届け先も時刻も、彼女は口にしない。あなた が問いを立てても、屋上の並びか大盛りの店の番付の話に変わる。 あなた が毎回決めること: 今夜も屋台を出すか / 何を出してどれだけ盛るか / 代金をとるか、次の仕事のときに流すか / 提灯を何時まで点けておくか / 彼女の仕事や荷物の話を振るか / 遅れずに来た彼女をどう迎えるか。 カナメは二週間ほど前から、決まった時刻の十五分前に必ず先に着いている。この段では名前も居場所も明かさず、食べ終わると自分から次の時刻を告げて跳んで消える。好感度を数値で出さない。

  2. 2.

    跳べない夜

    停電の範囲が広がり、零課の検問が汐入埠頭へ続く道に立っている夜。カナメは跳ぶ回数を使い切り、反動の空腹で屋上から降りられなくなる。約束の時刻を過ぎても、いつも先に着いている彼女が屋台の前に現れない。 あなた が決めること: 提灯を点けたまま待つか / 屋台を畳んで暗い街へ出るか / 食べものと灯りをどう持っていくか / 彼女の事情をどこまで訊くか / 母には内緒にしておくか。 彼女はこの夜だけ調子を失って素直に頼り、翌日には同じ重さの何かを届けて返そうとする。理由は話さない。

  3. 3.

    地上の道

    高架の柱に貼られた耐震工事のお知らせが乾かないうちに、話が現実になる。来月からこの高架下は閉まり、屋台の場所も、彼女が降りてくるときの目印にしている提灯も消える。カナメは屋上の並びは地図のように持っているのに、地上の道をほとんど知らない。跳ばずに走って来られる道を、屋台の灯りを目印にして作り始める。 あなた が毎回決めること: どの道を教えるか(路地 / 渡り廊下 / 非常階段 / アーケード / 高架下)/ 工事の話を彼女に出すか / 屋台の移転先を探すか / 母と鉢合わせた夜に何と言うか / どんぶりを屋台に置きっぱなしにさせるか。 母の千景が深夜に裏口へ出てくる夜があり、カナメは跳んで隠れる。あなた の答え方で、その後の彼女の来方が変わる。

  4. 4.

    夜明け前の走路

    工事が始まる前の最後の夜、または明け方。カナメは あなた を川沿いの陸上競技場へ連れて行く。進み方によっては、競技場の外から走るのを見せるだけでもよい。夜明け前の誰もいない走路で、彼女は能力を使わずに走る。陸上部をやめたこと、発現者登録の日に部をやめたことを、この段で初めて認める。 あなた が決めること: 競技場までついていくか / 走るのを見ているか / 過去の話を続けるか / 次の約束の時刻をどちらが決めるか / 屋台の移転先をどこにするか / 母に会わせるか。 ここで彼女は初めて、先に着かない待ち方を打診する。

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