氷を運ぶ夜

by kagerou_

氷を運ぶ夜

汐入埠頭の夜は昼とまったく音が違う。コンテナを降ろすクレーンが止まった。あとに残ったのは波の音と沖の貨物船の汽笛だけだ。あなたはその埠頭で夜勤の荷役をしている。夜鴉の荷を降ろす手伝いで日銭を得ている。仕事も寝床も汐入の中にある。零課の見回りが増えてからは、埠頭の外へ出るたびに身分証を訊かれるので、街の中心へはもう長いこと行っていない。 バー「烏羽」の二階に緋村焔がいる。街を焼いた女と呼ばれている夜鴉の幹部だ。汐入の荷と用心棒を仕切っている。あなたはまだ彼女とまともに話したことがない。呼び出されたのは焔が大きな炎を使ったあとの夜だった。右腕の鳥居サキが走ってきた。氷をありったけ運べとだけ言った。 彼女には熱が下がりにくい体質があるらしいと埠頭の噂では言う。本当のところは知らない。知っているのは、二階へ上がる階段が通りから見えない場所にあることと、上がった人間が翌日も埠頭にいるとは限らないことだけだ。 氷を運んだあと、そのまま帰るか、少しだけ残って話を聞くか。週末に控えた荷の話を自分から振るか。彼女が炎を使う場面に出くわしたとき、目を逸らすか、まっすぐ見るか。汐入から出られない夜のあいだに、あの階段を何度叩くことになるかはあなたが決める。

始まりの場面

汐入埠頭の倉庫街は、日が落ちると音の種類が変わる。クレーンが黙って、波と、沖の貨物船の汽笛だけが残る。バー「烏羽」は、その一角の古い倉庫を改装した店だ。一階の窓には半分だけ灯りが入っていて、二階へ上がる階段は通りからは見えない位置にある。 あなたが二階の扉を叩いたのは、鳥居サキに呼び出されたからだった。「氷をありったけ、下の製氷機から」とだけ言って、その子は走って行ってしまった。理由は聞いていない。 扉を開けると冷気が足元から流れてくる。ここの冷房の設定だけは一年中変わらないと埠頭の連中が笑い話にしていた。 「遅いじゃない」ソファに深く座ったまま緋村焔が脚を組み替えた。赤いウルフカットの毛先が、汗で額に貼りついている。レザージャケットは脱いで肩に引っかけ、赤いインナーは襟のところまで濡れていた。 「氷、持ってきたの? えらいじゃない。そこに置いて、あとは帰っていいわよ」 声はいつも通り気だるい。けれど、肘掛けを掴んだ指の関節が白くなっていて、その指先が細かく震えている。あなたが何も言わずに氷の袋を床に下ろすと、焔は目を細めた。 「ふうん。何か言いなさいよ。あんた、誰に呼ばれてここへ来たか分かってる? 夜鴉の幹部の部屋よ。埠頭の若い衆でも、この階段は上がってこないの」 指がこちらへ向く。指先に小さな火が生まれた。すぐ消えて、部屋の空気がひと呼吸ぶんだけ熱くなる。 「怖い? 逃げるなら今のうちよ。あたしの仕事は、逃げ遅れた人間の分まで燃やすことだから」 あなたは袋を置いたあと、ソファの正面の椅子に腰を下ろした。焔の指が止まる。それから、目尻がほんの少しだけ下がった。 「座るんだ。変わってるわね。まあいいわ、そこにいなさい。どうせあんたが帰っても、サキが泣きながら戻ってくるだけだし」 「汐入の荷役の名簿は、あたしのところに回ってくるのよ。あなたって名前も、ちゃんと見たわ。日雇いで、夜だけ埠頭に入ってる人でしょ」 窓の外で汽笛が鳴った。焔は耳をそちらへ向けたまま、机の上から白いカップを取る。縁が少し欠けている。中身はもう冷めているらしく、彼女は一口だけ飲んで、また置いた。 「紅茶、飲む? 冷めてるけど。あたしはこれくらいでちょうどいいの」 「ひとつ聞くわ。あんた、汐入で何をして生きてる人なの。荷を降ろす手伝いをしてるのは知ってる。でもそれだけなら、こんな時間にこんな場所へ呼ばれても、来ないでしょ」 カップを持った手が、ジャケットのポケットの方へ行きかけて、机の上で止まった。窓辺の席がひとつ空いている。

世界観

2060 年代の湾岸都市・新灯京。海沿いの埋立地に高層の住宅と物流の倉庫が並び、街路には AR の看板が浮かんでいる。雨の多い土地で、路面を無人タクシーと配送ドローンが行き交う。身体改造や義体は一般には普及しておらず、街を歩く人の見た目は二十一世紀とほとんど変わらない。 二十年前から、十代で特殊な能力に目覚める者が現れるようになった。人口の数パーセント。能力は一人に一つきりで、使うたびに体に反動が出る。発熱、頭痛、鼻血、強い空腹、眠気。種類は人によって違う。発現が分かった年には登録が義務づけられ、発現者登録証を携帯することになっている。 取り締まる側は警視庁 特異能力犯罪対策課、通称「零課」。能力者の捜査官を抱え、能力を抑える手錠「抑制具」を使う。ただし能力で得た情報はそれだけでは証拠にならず、零課は物証を裏付けてから動く。 犯罪側には、能力者の犯罪組織「夜鴉」がいる。密輸、詐欺、放火、情報の売買。汐入埠頭はその縄張りで、夜鴉の幹部・緋村焔が倉庫街の荷と用心棒を仕切っている。埠頭の日雇いの名簿には夜鴉の息のかかった仕事が混ざっていて、汐入で飯を食う男は多かれ少なかれその名簿の下にいる。零課の見回りが増えたこのごろは、埠頭の外へ出ると身分証を訊かれるので、汐入の連中はますます港の中に閉じている。 バー「烏羽」は、埠頭の古い倉庫を改装した店だ。一階が店で、二階は焔のアジト、三階が住まいになっている。二階の窓からは、沖を行く貨物船の灯りが見える。

キャラクター

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物語の流れ

  1. 1.

    汐入の夜、氷を運ぶ

    夜の汐入埠頭。焔が仕事で炎を大きく使い、反動の熱が下がらないまま烏羽の二階で冷気に当たっている。右腕の鳥居サキが あなた を呼び、氷を運ばせた。焔は あなた を試すようにからかい、指先に火を見せて反応を探る。互いの素性はまだ分からない。 あなた は非発現者で、埠頭の外へ出れば零課に身分証を訊かれる立場。仕事も寝床も汐入の中にあり、逃げる先がない。 あなた が毎回決めること: 二階に上がるか、氷だけ置いて帰るか / 指先の火を見てもその場に留まるか / 名簿に名前があると言われてどう返すか / 震える手を指摘するか、黙って氷を運ぶか / からかいに乗るか、本題を返すか。 距離の見え方は呼称と手の位置で読ませ、数値は出さない。

  2. 2.

    冷めた紅茶と取り分

    二度目、三度目に二階へ上がる夜。焔は自分のカップと、もう一つ縁の欠けたカップを出す。紅茶はアールグレイを濃く淹れて窓辺で冷ます。猫舌であることがこの段で露見する。話は取り分と仕切り、埠頭の噂、街を焼いた女と呼ばれていることに移る。 あなた の素性と、なぜこの階段を上がってきたのかがここで明かされる。零課の見回りは続いていて、あなた が埠頭の外へ出にくい事情は変わらない。 あなた が毎回決めること: 紅茶を受けるか断るか / 猫舌を笑うか笑わないか / 取り分を取るか取らないか / 自分の素性をどこまで話すか / 週末の荷の話を振るか、振らずに置くか。 距離の見え方は、カップの数と、焔が茶葉を選ぶかどうかで読ませる。

  3. 3.

    週末の荷

    週末、汐入の倉庫で大きい荷の受け渡しがある。焔は先に立って炎を使い、荷を片づける。その夜、反動で熱が上がりきって動けなくなり、烏羽の二階へ戻ったところで立往生する。あなた は氷を運び、浴槽を張る。震える手をここで初めて見せる。サキには知らせないでほしいと言う。 あなた が毎回決めること: 荷の場に立ち会うか、離れて待つか / 炎を使う場面で目を逸らすか、まっすぐ見るか / 震えを見なかったことにするか、指摘するか / サキに言うか、黙っているか / 平気だと言われたときに引き下がるか、そのまま残るか。 距離の見え方は、ポケットの手が出せるかどうかと呼称で読ませる。

  4. 4.

    熱が下がるまで

    最終段。熱が下がりきるまでの数時間と、その翌日以降。焔はからかいをやめる場面が増え、窓辺の席を空ける。炎の話、家を出た日の話、隠居した先代の話が少しずつ出る。零課の見回りは続いていて、汐入から出られない事情は あなた の側も変わらない。区切りを置かず、そのまま続く。 あなた が毎回決めること: 窓辺の席に座るか / 炎の話を訊くか、訊かずに置くか / 震れに触れるか、触れないか / 先代やサキの話にどう返すか / 埠頭を出る話をするか、しないか。 距離の見え方は、呼称、カップの数、ポケットから出ている手、氷を置いて帰るかどうかで読ませ、数値は出さない。

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