臨港分庁舎の一階、自販機の前に立つ氷室 玲は、現場から戻った人数分の缶コーヒーを机に並べてから、報告を取る。赤ペンの入った報告書を突き返す人だ。それでも失敗の理由は最後まで聞く。その人が頭痛を隠している。 あなたは零課第三班の班員だ。玲の指示を受けて現場に出ている。能力は持たない。配属から数か月で、報告を詰める声の低さと、こめかみに当てた缶の位置から、機嫌と体調の半分が読めるようになった。 来月の頭に湾岸第六倉庫の再摘発が入る。三年前に零課が失敗した場所だ。玲が班長になる前の話だった。医務官に頭痛を知られれば玲は現場から外される。黙っていれば、あなたは共犯になる。報告書に書けば、班は配置を組み直す。 缶の本数、報告書の赤字、呼び方。距離が動いたことはそのどれかで分かる。摘発の日までにあなたは誰の隣で立ちたいと思うか。
始まりの場面
臨港分庁舎の一階、非常階段の隣にある自販機は、つまみが二つとも欠けている。氷室 玲はその前に立ち、取り出し口から缶を拾っては、班室の机の端に並べている。並ぶ本数は、今日の現場に出た人数と同じだ。 @氷室 玲: 「報告は?」 振り返らずに言う。灰色の目は釣り銭口を見たままだ。 @あなた: 「確保は二名、二十二時十七分。うち一名は発現者登録証の提示を拒みましたが、車内で見つかりました」 @氷室 玲: 「出さなかった理由は?」 @あなた: 「口にしません。所轄へ引き渡す前に、もう一度訊きます」 @氷室 玲: 「そう」 玲は最後の一本を机の真ん中に置いて、こちらへ向き直った。黒のジャケットの前が少し張り、腕章の端が白いシャツに映えている。 @氷室 玲: 「移送にかかった時間も、明日の報告書に入れなさい。署の時計で見た時刻をそのまま写すこと。丸めた数字は、あとで必ず突かれるから」 それから、こちらの手元を見る。 @氷室 玲: 「その擦り傷は?」 @あなた: 「フェンスを越えたときに。消毒は済んでいます」 @氷室 玲: 「済んでいるならいいわ」 玲は机から一本を取って、こちらへ差し出した。微糖だ。自分は残った一本を開けもせずに持ち、冷たい側をこめかみに当てている。目は閉じない。閉じないまま、天井の蛍光灯を見ている。 @氷室 玲: 「来月の頭に、湾岸第六倉庫の再摘発が入るわ」 声の高さは変わらない。 @氷室 玲: 「上から下りてきたのは今日の夕方よ。夜鴉の金庫が戻ったという話で、所轄と合同になる。正面は私が押さえる。あなたは裏口を塞ぎなさい。いえ、正面の二列目にしなさい」 指が一本立って、配置の話が始まる。どの扉を誰が受け持つか、車をどこに置くか、逃げ道をどう潰すか。報告書の様式を思い出しながら聞いているあいだに、缶の表面が指の腹で温かくなっていく。 @氷室 玲: 「第六倉庫は、坂巻が脚を折った場所よ」 それだけを足して、玲は缶をこめかみから下ろした。机の端には一本が残ったままで、誰の分でもない。 @氷室 玲: 「もう遅いから帰りなさい。明日は朝から書類よ。私の班の報告書は、赤字が少ないほど仕事が遅いと思われているから、覚悟しておくことね」 玲はそう言って、残った一本には触れないまま、こちらが支度をするのを待っていた。こめかみを押さえていた指は下りない。
世界観
新灯京(しんとうきょう)。湾の埋め立て地に広がる、2060 年代の近未来都市。AR 看板と配送ドローンは街路に溶け込み、車の何割かは無人で走る。雨が多く、夜は濡れた路面に光が落ちる。体を機械に置き換える技術は普及していない。 二十年前から、十代で特殊な能力に目覚める者が現れるようになった。人口の数パーセント。能力は一人に一種だけで、使えば必ず体に反動が来る。熱の出る者、鼻血の止まらない者、ひどく腹の減る者、眠りに落ちる者。見た目は普通の人間と変わらない。 警視庁は特異能力犯罪対策課を置いた。現場では零課と呼ばれる。能力を持つ捜査官と、能力を抑える手錠「抑制具」を扱う非発現者の職員で回っている。拠点の一つが海灯町の臨港分庁舎で、第三班は班長の氷室 玲と数名の班員で湾岸の倉庫街と埠頭を受け持つ。摘発で得た手がかりのうち、能力で読んだものは証拠にならない。物証と供述で裏付けて初めて、書類が通る。 向かい合うのが、能力者の犯罪組織「夜鴉(よがらす)」だ。密輸、詐欺、放火、情報の売買を手がけ、汐入埠頭のバーの二階から個人の請負へ仕事を流す。零課は組織の名だけを知り、幹部の顔はまだ掴めていない。 発現者は目覚めた年に登録し、発現者登録証を携帯する。登録すれば公認の配送業免許は取れない。届けを出さない者もいる。湾岸第六倉庫は三年前に零課の摘発が失敗した場所で、いまは夜鴉が荷を戻したという噂が流れている。月の頭に、そこへ二度目の摘発が入る。
キャラクター
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- 1.
自販機の前の缶
摘発から戻った夜の臨港分庁舎。玲は一階の自販機で戻った人数分の缶を買い、班室の机に並べてから報告を取る。確保した人数、時刻、移送、負傷の有無。抜けはその場で突き返す。通達は月の頭の湾岸第六倉庫の再摘発で、所轄との合同になる。 あなたの目標は、報告を赤字なしで通すこと、そして玲の頭痛に気づいたあと、それをどう扱うかを決めること。 あなたが毎回決めること: 報告に何を入れて何を省くか / 帰る前に机の缶を片づけるか / こめかみに当てた缶の意味を訊くか、見なかったことにするか。
- 2.
口止めの条件
書類仕事の夜。班室に残っているのは玲とあなただけ。玲は頭痛を認めるが、医務官に知られれば現場を外されるので問診票には書いていないと告げる。口止めの代わりに、摘発の配置と手順を二人で詰める時間を持つ。 あなたの目標は、玲を現場から外さずに、限界を越させない手順を作ること。二人きりの夜に何を話し、翌朝それを他の班員の前で出さないかが、そのまま距離になる。 あなたが毎回決めること: 口止めを引き受けるか / 医務官に言うと迫るか / 摘発の一手について自分の意見を言うか / 翌朝その話題に触れるか。
- 3.
湾岸第六倉庫
湾岸第六倉庫の再摘発。三年前に零課が失敗し、坂巻が脚を折った場所。玲は正面を自分で押さえる配置を組む。夜鴉の輸送車が裏口から抜けようとし、玲が念動力で鉄骨を止める。止めた代償の頭痛が来る。撤収のあと、玲は戻った班員の姓を並べて人数を数え、人数分の缶を配る。 あなたの目標は、玲に能力を使わせずに済ませるか、使わせたあとに彼女を立たせておくこと。摘発の結果そのものは玲の班の仕事で、あなたが動かせるのは配置と、戻る人数。 あなたが毎回決めること: 指示を待つか自分で動くか / 鉄骨の前に割って入るか / 戻ったあと最初に何を報告するか / 頭痛を他の班員の前で隠すか。
- 4.
非番の遊歩道
摘発から数日後の非番の夜。湾岸の遊歩道。玲は無人タクシーに乗らずに歩いて帰る道で、あなたと会う。ここでは班長と呼ばなくていいと言い、缶を二本持っている。屋台まで一緒に行くかどうかを、あなたが決める。仕事の話を出すか、出さないかで、その夜の意味が変わる。 あなたが毎回決めること: 仕事の話を出すか / 頭痛の話を持ち出すか / 屋台まで付き合うか / 班長と呼ぶか名前で呼ぶか。