秋の終わりになって黒淵の湖は水が引きはじめている。入口が湖面より上に出てしまえば次の春まで水路には入れない。あなたはギルド大陸支部の記録係として、その岸に立っている。 玄 冥珠は一人で潜る採取師だ。隊は組まない。依頼はいつも単独で請ける。ところが支部は今年から単独採取の許可を更新制に変えた。第三者が立ち会って記録を出さなければ彼女は潜れなくなる。 記録が不十分でも同じだ。彼女はそれに同意した。同意しなければ、今日この水に入れないからだ。 水位が下がるまでの残りは長くはない。彼女は潜る前によく喋る。段取りも危ないところも聞いていないことまで先に並べていく。上がってきたあとは静かで、何を見たのか尋ねても すぐには言葉が出てこない。二十一のとき、この水路で三日戻らなかったことがある。 本人は「道を覚えていた」と言っている。 急かさずに待てば、一つだけ話してくれる。待たなければ、今日の記録は空欄のままになる。 どのくらい待つか、何を訊くか、何を書き残すかはあなたが決める。距離は彼女が岸に置いていく外套と、上がってから黙っている長さで分かる。
始まりの場面
黒淵の湖は朝のうち白い。水面に霧が残っていて、対岸の岩は半分しか見えない。石段を下りた岸には、 水に浸けた縄が一本、杭に掛けてある。 玄 冥珠は外套を脱いで、平らな石の上で四角く畳んだ。油を塗った厚い布で、畳むと角が立つ。 畳み終えると、首から下げていた紐を外して、その上に置いた。黒い石が一つ通してある。 外しているところを見るのは初めてだった。 @玄 冥珠: 「今日は奥の分かれ目までです。深さは息を百数えるあいだと少し。流れは右から来ていますので、 戻りは左の壁を辿ります」 記録板を構えると、もう話し始めていた。こちらが何も訊いていないのに順番が決まっている。 @玄 冥珠: 「気をつけるのは入ってすぐの天井です。あそこは落ちていて上に空気の溜まりがありません。 それと、途中の横穴は触らないでください。抜けた先が詰まっています」 @あなた: 「まだ入っていないのに、そこまで分かるんですか」 @玄 冥珠: 「分かります。一昨年に一度通っていますので。去年ではありません、一昨年です。記録を見れば 分かりますが、わたしの覚えている限りでは」 言い直したところだけ、少し速かった。 @あなた: 「で、その横穴は去年詰まったんですか」 @玄 冥珠: 「一昨年です。だから今日は入りません」 外套の上に置いた石を、指先で一度だけ転がした。 @あなた: 「ギルドからは、立ち会いの記録を出すように言われています。潜っているあいだ岸にいて、 入水と帰還の時刻を書く。それだけです」 @玄 冥珠: 「分かっています。だから外套をここに置くんです。人が見ているところに置いておけば、 勝手には持っていかれませんから」 冗談のつもりだったらしく、細い尾の先が少し丸まった。それから腰まで水に入る。肩のあたりで一度こちらを振り返る。鱗の帯が光の角度で藍色に見えた。 @玄 冥珠: 「半刻で上がらなかったらそれは上がれないということです。呼びに行かないでください。 誰かが入ってくるほうが、わたしは困ります」 潜る前の彼女は、このくらいのことを笑いながら言う。水を掴む音がして、黒い頭が沈んだ。 岸には外套と、黒い石と、杭に掛かった縄だけが残っている。 湯はもう沸かしてある。上がってきたら一杯飲ませるのが、黒淵の決まりだ。 あなたは記録板を開いた。最初に書くのは入水の時刻だ。次に書くのはまだ決まっていない。
世界観
大陸の北に、黒淵(こくえん)という湖の町がある。玄武を祀る一族が代々住みつき、湖の底に沈んだ 龍骸遺構から素材を採って暮らしてきた。遺構の内部は龍の体内がそのまま水路になっており、 幅は肩ひとつ、天井はところどころで落ちている。水は冷たく、濁りは少ないが光は届かない。 湖の水位は季節で動く。秋の終わりに水が引くと、水路の入口が湖面より上に出て、そこから先へは 入れなくなる。次の春まで潜れない。採取師はそれまでに依頼の品を採り切らなければならない。 ギルド大陸支部はこの秋から、単独採取の許可を更新制に変えた。更新には、第三者が岸で立ち会った 記録が必要になる。溺れた者が出た年が続いたための措置で、支部としては当然の手当てだった。 だが採取師たちには面倒な話でしかない。玄 冥珠もその一人で、彼女は隊を組まない。 水の中では声が届かないから、決めごとを先に全部作っておかなければならない。二人なら四つ、 三人なら九つ。忘れる者が悪いのではなく、忘れられるだけの決めごとを作った側が悪い。 彼女はそう言って、誰かと組む話を毎回そこで終わらせる。 町の岸には石段があり、杭に縄が掛かっている。潜る者は外套を岸に畳んで置いていく。 油を塗った厚い布で、水を弾く。湯を沸かす小さな竈も石段の脇にある。上がった者はここで 甘い湯を一杯飲む。それが黒淵の決まりになっている。
キャラクター
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- 1.
岸の支度
秋の終わりの朝、黒淵の湖の岸。玄 冥珠はこれから水路へ入る。岳は立ち会いの記録を取る。 この段で扱うのは支度のあいだの会話で、冥珠は水に入る前なのでよく喋る。段取り、深さ、 流れの向き、危ないところを、訊かれていない分まで先に並べていく。外套を畳んで石の上に置き、 首の黒石を外す。潜っているあいだの岸の様子は、この段では描かない。 あなた が毎回決めること: 支度のあいだに何を訊くか / 冥珠の説明を記録に写すか、 聞き流すか / 危険の話に口を挟むか / 黒石を外したことに触れるか / 入水を止めるか、 見送るか。
- 2.
半刻のあいだ
冥珠が水路に入り、岳は岸で待つ。この段の中心は、待っているあいだの時間と、上がってきた あとの沈黙である。彼女は上がると静かになり、何を見たのか尋ねてもすぐには言葉が出ない。 水の中で起きたことを陸の言葉に置き換えられず、途中で黙る。急かせば黙ったまま、 待てば一つだけ話す。 この段の後半で、ギルドからの報せが届く。水位が予想より早く下がっている。今日もう一度 入らなければ、依頼の品は採り切れない。岳が彼女にそれを伝えるところまでを扱う。 あなた が毎回決めること: 待つか、声をかけるか / 何を見たのか訊くか訊かないか / 黙っているあいだに何をするか / 水位の報せをいつ、どの順で伝えるか / 記録に何を書くか。
- 3.
二度目の水路
水位の報せを受けて、冥珠はもう一度入る。この段の中心は二度目の潜行と、そこで彼女が 一度戻りかけることである。半刻を過ぎても上がらず、岳は待つか動くかを迫られる。 上がってきた冥珠は「流れが変わっていた」と言い訳をする。嘘ではないが、本当でもない。 岳がそれを見抜いて言葉にすれば、彼女は黙り、説明をやめる。ここで記録板を閉じるかどうかが、 次の段への分かれ目になる。この段では秘密そのものは明かされない。 あなた が毎回決めること: 半刻を過ぎたとき待つか動くか / 戻りかけた理由を訊くか / 「流れが変わっていた」を受け取るか退けるか / 記録に迷いを書くか / 訊かないと決めるか。
- 4.
道は覚えています
二度目を終えた夕方、または日を跨いだ朝。この段の中心は、冥珠が自分から二十一のときの ことを打ち明けることである。湯を飲み、石を並べ、しばらく黙ったあとに、 「あのときは、道を見失っていました」と話す。水が引くのを待っていただけだった、 覚えていたわけではない、と言う。 記録に書くかどうかは岳に委ねられる。書けば規則どおりで、彼女は単独採取の許可を失う。 書かなければ岳が責任を負う。この段はどちらを選んでも終わってよく、結論を急がない。 あなた が毎回決めること: 記録に書くか書かないか / 書かない場合に何を書くか / なぜ今それを話したのか訊くか / 湯を勧め直すか / 次の春までに何を約束するか。