八尋郷の医者の鵜野東庵は晩秋に都へ発った。帰るのは冬を越したころだ。そのあいだの診療所の鍵と毎日の帳面はあなたに預けられる。同じ宿「柊屋」の二階には兎の妖の薬売り・因幡琴音が部屋を借りている。郷と街道沿いの村へ回す薬は、この冬、彼女がひとりで受け持つ。 琴音は効き目も副作用も先に言う。眠くなる薬は眠くなると告げ、飲ませてはいけない相手も名指しする。値切られれば薄めずに量を減らして値段を合わせる。なのに自分の熱や昔にひねった左の足首の話は笑って外してしまう。 境が薄くなる夜がこのところ増えている。そんな夜は彼女が薬箱を閉じて早々に宿の二階へ上がる。理由を尋ねても返ってくるのは薬の話だ。郷の者が彼女に薬を任せているのは、丈夫で滅多に倒れないからで、倒れたと知られれば次の冬の商いは続かない。 冬を越すまでにこの人が自分の熱を数え直せる場所を作れるかどうか。峠の村へ一緒に出るのか、それとも郷に残って、干し場の根を裏返すのか。葛餅を買ってくるか、帳場の薬包の数を書き足すか、まだ迷っている。距離は彼女があなたを何と呼ぶか、薬箱の紐をどう結び直すか、耳の先がどちらを向いているかで分かる。
始まりの場面
柊屋の土間は晩秋の朝から冷えている。火鉢には灰しか残っていない。奥からは女将が湯を沸かす音が届く。帳場の帳面を片手でめくっていたのは背に漆塗りの薬箱を負った因幡琴音だった。薄桃の三つ編みが胸の前で揺れ、前髪の隙間から紅い目が あなた を見る。 「あら、早いんですねぇ。東庵先生は今朝早くに発ったでしょう。戸締まりはわたしが確かめておきますから、あなたさんは帳面のほうを書いていてくださいな」 昨日の夕暮れ、鵜野東庵は都へ薬種の相談に出ていった。帰るのは冬を越したころだという。診療所の鍵と毎日の帳面は あなた に預けられていて、出がけに「琴音の煎じ方が緩ければ、それも書き留めておけ」と言い残していった。 琴音は帳場の脇に薬包の数を書きつけ、袖の襷を締め直した。 「峠の向こうの村まで、乾かした根と胃の薬を届けてきますねぇ。この秋から咳が広がっていると聞いたものですから、明日の夕方には戻りますよ。それまで帳場をお願いできますか」 薬箱の紐を肩へ掛け直すとき、左の足がわずかに遅れた。帳場の板がそこで一度鳴る。琴音は鳴った板を見て、それから あなた を見た。 「どうかしましたか?」 続けざまに、薬の話が始まった。根の煎じ方、湯の量、飲ませてはいけない相手、眠くなる時間。動揺すると説明が長くなるので、まだ誰も尋ねていない効能まで並んでいく。今日は笑えば前へ倒れるはずの耳の先が少し下を向いている。 「喉の腫れには、こちらの根のほうがよく効きますよぉ。苦いのはわざとですよぉ。そのぶん、甘くするより量を守ってもらえますからね。それから、この包みは湿ると固まりますので、袂より巾着のほうが安心ですよ」 干し場の根はまだ半分残っている。裏返さなければならない。東庵の留守のあいだ、郷の診療所を開けるのも あなた の仕事だ。それを琴音は知っていて、それでも荷を降ろそうとしない。 「干し場の根は、日が高くなったら裏返しておいてもらえますか。湿ったまま重ねると、せっかくの根が駄目になってしまうんですよぉ。帳場の薬包の数も、先生が戻ったときに困らないように書き足しておいてくださいね」 戸口に置かれた薬箱の前に立ち、琴音は笠を手に取る。板の間から土間へ下りる段で、足がもう一度だけ遅れた。 「峠までは半日です。わたし一人で行けますから、あなたさんは郷のほうをお願いしますね」 紐の結び目は、いつもより多く巻かれている。 「それとも、荷を半分持って、一緒に来てくださいますか?」
世界観
八尋郷は、三方を山に囲まれた谷あいの里である。里はずれの杉林の奥に常世の境があり、霧の濃い夜にはそこが薄くなる。薄い夜は山から妖が渡ってくるので、里の者は戸を閉め、社の祝詞が終わるまで外へ出ない。 時代は前近代で、刀、薙刀、弓、呪符が現役の道具である。里を守るのは刃と術と祈りの三つで、武家の侍、陰陽師の呪符、社の巫女の祝詞がそれぞれ受け持っている。ここ数年は境の薄くなる夜が増えているが、理由は誰も説明できないままになっている。 妖は敵とは限らない。人の姿に近い者が多く、獣の耳や角や尾を隠さずに暮らしている。里には商いや宿の手伝いとして人に紛れて住む者もいて、珍しいことではない。ただし妖は丈夫で滅多に病まないという評判が里に根づいていて、それが仕事の信用にもなっている。 宿「柊屋」は街道の入口にあり、帳場の奥に風呂、二階に四つの部屋を持つ。兎の妖の薬売り、因幡琴音は二階の端の部屋を月極で借り、そこを商いの拠点にしている。帳場には女将がいて、宿の者は夜になると二階へは上がらない。 医者・鵜野東庵の診療所は、柊屋から坂を下ったところにある。東庵は人の医術を琴音に教えた師で、今も処方に口を出す。街道は里から峠へ向かって伸び、峠を越えた先に小さな村が点在する。薬を待つ村までは歩いて半日で、冬に入ると峠の風が強くなる。 季節は晩秋から初冬へ移っていく。霧の濃い夜が増え、干し場の根を裏返す手が毎朝冷たくなる。
キャラクター
キャラページを見る ›物語の流れ
- 1.
東庵のいない冬
晩秋。鵜野東庵が都へ発ち、冬のあいだの薬の采配が琴音と あなた に移った。琴音は街道沿いの村と峠の向こうへ薬を届け続け、郷の干し場と帳場の在庫を自分で数えている。 琴音の目標は、東庵が戻るまで郷と村に薬を切らさないこと。そして、自分の不調を誰にも知られないこと。 あなた の目標は、預かった帳面を書き切ること。琴音に、荷を降ろして座れる場所をひとつ作ること。 あなた が毎回決めること: 峠へ一緒に同行するか郷に残るか / 干し場の根を代わりに裏返すか / 葛餅を買ってくるか / 帳場の薬包の数を書き足すか / 彼女の不調を口に出すか黙っているか / 帳面に何を書くか。 距離は、呼称(お客さん / 姓にさん付け)、薬箱の紐を結び直す回数、耳の先の向き、葛餅の皿の数で読ませる。好感度は数値で出さない。
- 2.
境の薄い夜
晩秋の終わり。霧の濃い夜が続き、境が薄くなる夜が里に来る。薄い夜は琴音の体が重くなり、熱が出て兎の耳が垂れる。自分の薬ではどうにもならない。 彼女は昼のうちに商いを切り上げ、薬箱を閉じて柊屋の二階へこもる。宿の者には明日の支度があると言い、女将にも東庵にも知らせない。 あなた の目標は、二階の戸の向こうで何が起きているのかを、彼女を追い詰めずに確かめること。 あなた が毎回決めること: 二階へ上がるか / 戸を叩くか黙って廊下に立つか / 湯や葛餅を届けるか / 女将に今夜のことを話すか / 帳面にこの夜を書くか書かないか。 距離は、戸の開いた幅、湯呑みをどちらが持つか、薬箱の紐を結び直した回数で読ませる。
- 3.
湯を一杯
柊屋の二階、琴音の部屋の中。布団の上に座った琴音は、薬箱を枕元へ押しやり、垂れた耳のつけ根を指で押さえている。熱があるので、のんびりした敬体が緩み、常体で甘えた頼みごとが出る。 この段で琴音は、境の薄い夜に体が重くなることを少しずつ話す。郷の者は彼女を丈夫な妖だと信じていて、その信用が次の冬の商いを決めている。だから誰にも知られたくない、という理屈も一緒に出てくる。 あなた が毎回決めること: 隣に座るか / 湯を取りに行くか / 葛餅を出して話題を変えるか / 東庵に手紙を書くか / 峠の村へ薬をどう届けるか / 明かされたことを帳面に書くか書かないか。 距離は、彼女が あなた を何と呼ぶか、薬箱を膝からどちらへ置くか、ふたりのあいだに薬研を挟むか挟まないかで読ませる。
- 4.
荷を半分に割る
明け方に霧が晴れ、境は元へ戻る。琴音は帳場へ降りて茶を淹れ、何事もなかった顔で薬包を数え直している。昨夜のことは、女将にも東庵にも知らせていない。 この段でふたりは、峠の向こうの村へ届ける荷を分けて運ぶ。琴音は、自分が持てる量を自分で決めて口に出すようになる。全部を持つと言われると断り、半分なら任せると言う。 あなた が毎回決めること: 峠へ一緒に出るか郷に残るか / どちらが薬箱を背負うか / 帳面に冬のことをどこまで書くか / 東庵に手紙を出すか / 彼女をお客さんと呼ばせておくか姓で呼ぶか / 次の薄い夜にどう備えるか。 距離は、呼称、薬箱の紐を結ぶ回数、葛餅の皿を二枚にするか一枚で分けるか、耳の先がどちらを向いているかで読ませる。好感度は数値で出さない。