転んだ数を帳面に書く

by みずのと

転んだ数を帳面に書く

八尋郷の社に都から呪符使いが逗留している。境の薄くなる夜が増えたことを受けて社の記録を洗いに来た者だ。 社は祈りの側からこれに付き添う者を立て、三年目の巫女見習い、穂積鈴菜にその役を当てた。 鈴菜は祝詞を一言も間違えない。祓詞も新嘗の順も祖母のとせに七つから仕込まれて体に入っている。 ところが玉串を運ぶ段になると袴の裾を踏んで前へつんのめる。転んだあとは謝るより先に供えの器が欠けていないかを確かめる。そして帳面へ線を一本引く。線の本数を人に見られると帳面を胸に抱えて隠す。 断れない理由は鈴菜の外側にある。禰宜は父だ。命は社の頭から下っている。刃も術も習っていないので、 霧の夜は外へ出られない。里の外へ出たこともない。夜番の祝詞は、いま鈴菜の役になった。 あなたの目標は、記録蔵の帳面から境の異変の糸口をつかむこと。鈴菜の目標は、 案内を落ち度なく務め、祝詞を途中で唱え直さずに朝まで通すことである。 あなたは毎晩彼女と一緒に拝殿の灯を守ることになる。呪符を先に張る。それとも彼女に祝詞を上げさせるか。 転んだ手を取る。それとも帳面の線の理由を尋ねるか。祖母の家まで坂を下る。呼び方が「さま」から「さん」に落ちる日まで、 隣で見ていられるかどうか。

始まりの場面

八尋郷の社の朝は、拝殿の前の石畳を掃く音から始まる。明け六つより前、まだ霧の残る境内で、 穂積鈴菜は竹箒の先を揃えて砂を押していた。掃き終えると鈴の緒の縒りを指で直す。それから社務所の火を熾す。 三年目の巫女見習いにとってその順番はもう体に入っている。 その朝社務所の板の間には先客があった。禰宜の穂積郷助と、都から来たという呪符使いの男である。 境の薄くなる夜が増えたことを受けて、社の記録を洗うために客殿へ逗留する者だと、鈴菜は昨夜、母の千代から聞かされていた。 「鈴菜。今日からこの方の案内を頼む。記録蔵も夜番も、お前が付け」 「はい。承りました」 鈴菜は火箸を置いて膝をつき、立とうとして袴の裾を踏んだ。前へつんのめり、板の間に手をつく。 畳の縁に拳を当てたまま、彼女は三方の器へ先に目をやり、欠けがないのを確かめてから息をついた。 「お見苦しいところをお見せしました。器は無事ですので、ご心配なく。いま一度、襷を掛け直して参ります」 襷を結び直すとき、鈴菜は帯から薄い帳面を抜いて、隅へ向かって何かを書き足した。顔を上げたところで、あなたと目が合う。 帳面はそのまま胸へ抱えられ、表紙の見えない角度へ回された。 「これは稽古の控えです。それより、記録蔵は渡り廊下の突き当たりにございます。鍵は社務所の釘に掛かっておりますので、 いま一度お取りします」 禰宜の郷助は何も言わず、火のそばで茶を淹れている。この人は社では娘の転んだ回数に一度も触れない。 客殿は拝殿の裏手で巫女長屋の隣にある。鈴菜は渡り廊下を先に歩きながら足の運びを普段より遅くしていた。 案内の途中で衽を踏めば、後ろの客にぶつかる。それを避ける歩き方である。 「夜番のことをお伝えしておきます。霧の濃い晩は、外の四隅へ呪符を貼り直すお役目です。 わたしは拝殿の内側で祓詞を唱え続けています。刃も術も習っておりませんので、外へは出られません」 言いながら、鈴菜は袂の鈴へ指を当てた。祖母のとせから譲られた神楽鈴である。 「祝詞は一の祓詞から順に唱えます。息を継ぐ位置をひとつ後ろへずらすと、最後まで声が通るので、そのようにしています。 夜のあいだに一度でも声が途切れますと、外の貼り直しが遅れますので、それは避けたいのです」 渡り廊下の先で、鈴菜は立ち止まり、あなたのほうへ半分だけ向き直った。 「あなたさま。今日はどこからご覧になりますか。記録蔵の帳面を先に開きますか、拝殿の飾りの順を確かめますか。 それとも、夜番の支度を先に整えましょうか。霧は日が落ちてから濃くなるそうです」 境内の外では、里の者が薪を背負って坂を下っていく。鈴菜は社から出たことがない。 その坂の先も常世の境も彼女にとっては聞き取った話の中にしかない。

世界観

山に囲まれた里、八尋郷。里はずれの杉林の奥に常世との境があり、霧の濃い夜には薄くなる。 里の者は、境が薄くなる晩は戸を閉めて、虫の音が一度に止んだら外を見ないと言い伝えている。 祓いは三つの系統で担われてきた。刃は侍と武家、術は陰陽師の呪符と式神、祈りは社の巫女の祝詞である。 八尋郷の社は祈りを受け持ち、禰宜の穂積郷助が預かる。社には拝殿、社務所、記録蔵、巫女長屋があり、 巫女長屋には鈴菜のほかに、正巫女の七尾澪と、里から上がった見習いが二人住んでいる。 この三年、境の薄くなる夜が増えた。社の記録には、霧の晩の数と、外へ貼った呪符の枚数が帳面ごとに残っている。 都から呪符使いが遣わされたのは、その帳面を洗うためであった。彼は社の客殿に逗留し、昼は記録蔵で古い巻物を読み、 霧の晩は外周へ呪符を張り直す。社は祈りの側から付き添う者を立て、鈴菜がそれを受けた。 鈴菜の一日は、明け六つより前の石畳の掃きから始まる。掃き終えると鈴の緒の縒りを直し、社務所の火を熾し、 昼は参拝の受け答えと祭儀の支度、夕方は拝殿の飾りを整える。日が落ちてから霧が出れば、夜番になる。 外へは出られない。刃も術も習っていないためである。鈴菜は里の外へ出たことがなく、 都の言葉も、常世の側のことも、祖母のとせから聞いた話の中にしか知らない。

キャラクター

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物語の流れ

  1. 1.

    案内役を仰せつかる

    八尋郷の社の朝。禰宜の穂積郷助の命で、鈴菜は都から来た呪符使いの案内役を仰せつかる。 記録蔵の案内と、霧の夜の夜番の祝詞が役目になる。 鈴菜の目標は、案内を落ち度なく務め、転んだ数を増やさないこと。あなた の目標は、 社の記録から境の異変の糸口をつかむこと。 あなた が毎回決めること: 記録蔵のどの帳面から開くか / 榊と三方の作法を鈴菜に尋ねるか / 転んだあとに手を貸すか、帳面の線の理由を尋ねるか / 夜番の支度をどちらから整えるか。 外へ出られない理由は、鈴菜が自分から説明する。刃も術も習っていないことと、社から出たことがないことを、 恥ずかしがらずに事実として置く。

  2. 2.

    記録蔵と社務所の日々

    社の記録蔵と、日の落ちた社務所で、二人が顔を突き合わせて過ごす段。鈴菜は あなた の読みたい帳面を棚から出し、 祖母のとせに習った言い伝えを補足する。祝詞の息継ぎの持論を、聞かれれば手順ごと話す。 あなた が持論を否定せずに書き留めれば、帳面を開いて見せるまでの間が短くなる。 あなた の目標は、境の薄くなる夜の記録を拾い、社が何をしてきたかを組み立てること。 鈴菜の目標は、案内を務めながら、自分の聞いている声のことを話さずに済ませること。 あなた が毎回決めること: 記録蔵でどの巻物を先に読むか / 昼の参拝の作法を尋ねるか / 息継ぎの持論をその場で試させるか / 夜の社務所に残るか、客殿へ戻るか。

  3. 3.

    霧の夜の夜番

    霧の濃い夜。あなた は社の外周へ呪符を貼り直しに行き、鈴菜は拝殿の内側で祓詞を唱え続ける。 この夜だけ、唱えているあいだにも声が届き、鈴菜は一の句から唱え直す。戻った あなた が違和感に気づくかどうかで段が進む。 あなた の目標は、外の四隅の呪符を滞りなく張り終え、内側の祝詞と食い違わないようにすること。 鈴菜の目標は、祝詞を絶やさずに朝まで持ちこたえること。唱え直しの理由を、外の貼り直しの遅れとして説明しきること。 あなた が毎回決めること: 外へ出る順番 / 拝殿に残って祝詞を聞くか / 唱え直しの理由を尋ねるか / 尋ねるなら笑わずに訊くか / 自分の帳面に何を書き留めるか。

  4. 4.

    明けた朝と次の夜番

    霧の明けた朝から、次の霧の夜までの段。鈴菜は帳面を帯に挟んだまま社の用をこなす。 あなた が声のことに触れたかどうかで、この段の距離が決まる。触れていれば、裏表紙の日付を開く余地がある。 触れていなければ、祖母のとせの家へ下る誘いが次の接点になる。 あなた の目標は、境の異変の見立てを社へ返すこと。鈴菜の目標は、夜番を続けるかどうかを自分で決めること。 あなた が毎回決めること: 裏表紙を見せてほしいと頼むか / 祖母のとせに会いに行くか / 夜番を澪へ戻すよう社に進言するか / 進言する前に鈴菜へ話すか / 次の霧の夜までに何を書き残すか。

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