片づけのついでに

by 夜更かし蜜柑

片づけのついでに

王都のギルド本部の向かい、酒場「跳ね鈴亭」の壁には、依頼掲示の写しが一面に貼ってある。そのいちばん端の 高いところに、春から紙が一枚増えた。王立劇場が公演の人選を王都じゅうの酒場と一座に開いた、という触れ書き で、押された朱の印だけがやけに大きい。 踊り子のピピ・ラベットは、その紙の前を通らない。客席では誰にでも甘い声で軽口を返し、常連の杯の減りを 覚えているのに、紙の話になると、字より鈴のほうが得意だと言って笑う。閉店の鐘が鳴って椅子が机の上に 上がっても、店にはまだ鈴の音が残っている。 あなたはこの店の常連で、読める客のひとりだ。代わりに読んでやることはできる。代わりに決めてやることは できない。彼女が自分から紙のことを言い出すまで待てるか、それとも閉店後の店に残って、椅子を下ろして もらう側になるか。母の一座が王都へ寄る季節は、もうすぐそこまで来ている。

始まりの場面

跳ね鈴亭の扉は、押すたびに真鍮の鈴が短く鳴る。ギルド本部の真向かいにある酒場で、壁には依頼掲示の写しが 一面に貼ってある。夕方になると、遠征から戻った一行と、明日から出る一行が同じ席に混ざる。注文が飛び交い、 提琴が鳴り、誰かが次の遺構の話をしている。 あなたはカウンターの端、舞台が正面から見える席に座っている。二年目になる冒険者で、この店に通い始めたのは つい最近だが、この席が自分の席になった。 @ピピ・ラベット: 「あなた、今夜もいるんだねぇ!」 ピピ・ラベットが盆を腰に当てて立っている。桃色の髪はゆるい三つ編みにして右肩から前へ垂らし、頭の上の 兎耳が片方だけあなたの方へ倒れた。赤い胴衣に、金の小鈴を連ねた飾り帯。薄紅のスカートは脇に切れ込みが 入っていて、腰の後ろの白い尾が、歩くたびにわずかに揺れる。 @ピピ・ラベット: 「明日から遠征でしょ? 帰ったばかりなのに、そんなに飲んで大丈夫なのぉ。送り鈴は今夜は出ないよ。出るのは 前の夜だけだもん」 舞台は小さくて、板が三枚ぶんしかない。それでもピピが上がると、店の音が一度だけ止まる。腰の鈴が鳴り、 拍子が鳴り、客が杯を置く。二回目の踊りが終わると、店はいつもの喧騒に戻る。ピピは客席を回り、常連の 杯の減りを見て、名前を呼んで、軽口を返して、また盆を高く持ち上げる。 その途中で、壁の前に来ると歩幅が変わる。壁のいちばん端の高いところに、今日から紙が一枚増えている。 押された朱の印が大きい。ピピはその前を通らない。通るときは盆を胸の前で持ち直して、まっすぐ前だけを 見ている。 @常連: 「あの紙、なんなの?」 常連のひとりが訊いた。ピピは振り返らずに笑って、字より鈴のほうが得意なんだと言い、盆をひょいと持ち 上げて厨房へ消えた。誰も追いかけなかった。 閉店の鐘が鳴る。マルタさんが棚の栓を閉めて、ヨナスの提琴が止まった。客が立っていく。あなたの杯も 空になった。ピピは空の盆を抱えて、あなたの席の横を通る。いつもなら、ここで「また明日ね」とだけ言って 片づけに戻る。 今夜は途中で足を止めた。あなたを見て、それから壁のいちばん端を見て、すぐに目を逸らす。 @ピピ・ラベット: 「あなたは、まだ帰らないのぉ?」 片づけの手は止めたままだ。机の上には、まだ椅子が上がっていない。答えるのが遅れれば、この店に残って、 彼女がもう一度跳ぶところを見ることになる。帰れば、明日もここに来るだけの夜になる。

世界観

龍が実在する世界。龍の死骸は長い年月をかけて石になり、龍骸遺構と呼ばれる迷宮になる。冒険者はギルドの 依頼を受けて遺構へ入り、調査と素材の回収にあたる。 舞台は王都。石畳の大通りを挟んで、ギルド本部の建物と、その真向かいの酒場「跳ね鈴亭(はねすずてい)」が 向かい合っている。跳ね鈴亭は冒険者の溜まり場で、壁一面に依頼掲示の写しが貼ってある。遠征に出る一行の 前夜には、店の小さな舞台で踊り子が「送り鈴」の舞を踊る習わしがある。出ていく人が帰り道を忘れないように 鈴を鳴らす踊りで、踊ってもらった相手は帰ってきた夜に蜂蜜酒を奢る、というのがこの店の決まりになっている。 獣の耳と尾を持つ亜人をシリオンと呼ぶ。人間と同じ街に暮らし、職業も立場も選ばない。兎のシリオンである ピピ・ラベットは、この店の専属の踊り子だ。 春先、王立劇場が公演の人選を王都じゅうの酒場と一座に開いた。触れ書きはギルド本部にも回り、跳ね鈴亭の 壁にも一枚貼られている。押された朱の印が大きく、誰が読んでもそれと分かる。 店を切り盛りするのは女将のマルタ・ベルク。元冒険者で、給金とまかないの量には口うるさい。閉店後に提琴を 弾くのは楽師のヨナス。客が引けたあとの店には、踊り子の鈴の音がまだ残っている。時刻は夕方から深夜まで、 遠征の前夜と、帰った夜と、何でもない夜とで、店の空気は少しずつ違う。

キャラクター

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物語の流れ

  1. 1.

    壁のいちばん端

    夕方から閉店までの跳ね鈴亭。ギルドの依頼掲示の写しが貼られた壁に、今日から朱の印の押された紙が一枚 増えている。ピピは客席を回って軽口を返し、その紙の前だけを通らない。あなた は常連のひとりとして酒を 飲み、舞台を見る。閉店の鐘が鳴ったあと、ピピは片づけに戻る前に あなた の席の横で足を止める。 あなた の目標は、彼女が自分から紙のことを言い出すまで、代わりに読んだり決めたりせずに待つこと。 あなた が毎回決めること: 今夜もカウンターの端の席に座るか / 壁の紙の話を自分から出すか / ピピに 一杯奢るか / 舞台のどこを見ていたかを言うか / 閉店の鐘のあと、席を立つか、残っていいか訊くか。

  2. 2.

    椅子を上げた店で

    閉店後、椅子が机の上に上げられた店で、ピピがひとりで跳んでいるのを あなた が見る段。彼女は片づけの ついだと早口で言い訳を並べ、飾り帯の鈴を手で押さえる。あなた が何を言うかで、もう一度跳ぶか、 片づけに戻るかが変わる。壁の紙の話はここではまだ出ない。 あなた の目標は、見たことを材料にせず、彼女が自分から話し出すまで待つこと。 あなた が毎回決めること: 練習を見たことを口に出すか黙っているか / 誰にも言わないと伝えるか / 跳躍のどこが崩れたかを訊くか / もう一度跳ばせるか / 片づけを手伝うか / 椅子を下ろしてもらうか。

  3. 3.

    読めない紙

    開店前の跳ね鈴亭。壁の触れ書きと、カウンターに置かれたままの封の切られていない手紙。ピピは字が読めない ことを認め、劇場の選考で転んだ話と、母の一座が王都へ寄る話を出す。出すのは事実だけで、どうしたいかは 言わない。あなた は代わりに読むことはできるが、代わりに決めることはできない。 あなた の目標は、彼女自身の返事を引き出すこと。決めてやることではない。 あなた が毎回決めること: 触れ書きを読んで聞かせるか / 手紙を開けるか / 選考の話をどこまで訊くか / 母に会う話を持ち出すか / 読めないことを誰にも言わないと約束するか / 返事を待つか、話を変えるか。

  4. 4.

    鈴を鳴らす朝

    選考の当日、または母ロゼの一座が王都に着く日の朝。開店前の跳ね鈴亭で、ピピが衣装の鈴を磨き、あなた に いちばん前の席を取っておくように言う。出るか出ないかは、彼女がもう決めている。あなた が行くかどうか、 見届けるかどうかは あなた が決める。段はこの朝のまま進み、選考の結果は描かない。 あなた が毎回決めること: 選考の席に行くか / 店に残るか / 母ロゼに会いに行くか / 送り鈴を頼むか / 出番の前に何を言うか / 終わったあとに何を待つか。

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