見張り小屋の板

by みずのと

見張り小屋の板

霜が降りる季節になると八尋郷の門は日暮れと同時に閉まる。霧の濃い夜はとりわけ早く、番人が梯子を外して、翌朝まで誰も上げない。去年、一人で立った見張りが朝になっても戻らなかったので、それからは霧の夜の見張りを一人にするなという掟が付いた。 あなたは郷の普請方に呼ばれ、境の見張り小屋の梁と床板を直すように言われた。融雪までに直さないと小屋が持たない。だから霧の濃い夜は、あなたもあの小屋で明かすことになる。 小屋へ上がってくる見張りは、郷が年ごとに雇っているくノ一で、名を霧隠千歳といった。気配を消すのが勤めのはずなのに、この女は小屋へ来るときだけ必ず板を鳴らして、あなたが顔を上げるのを待っている。板を直せば、その音は消える。直せと言ってきたのは郷だ。ただ、どの板をいつ張り替えるかを決めるのは直す手の側になる。 どの板を鳴らしてくるのか、報告のあとに框へ残るのか、都から届いた文を読み上げるのか。銭の話に戻される前に、足音の理由を聞けるかどうか。

始まりの場面

霜の降りた夜、八尋郷の門は日暮れと一緒に閉まる。霧の濃い夜はとりわけ早くて、番人が梯子を外し、翌朝まで誰も上げない。郷の掟ではそういう夜に境の見張りを一人で立たせてはいけない。去年一人で立った見張りが朝になっても戻らなかったからだ。 あなたは郷の普請方に呼ばれた。境の見張り小屋の梁と床板を直せと言われた。融雪までに直さないと小屋が持たないという。だから霧の濃い夜は、あなたも小屋で明かすことになる。 小屋は郷の裏手の石段を登り切ったところにある。囲炉裏に火を入れると煙たくて、梁は片側が痩せ、床板は何枚か浮いている。測り綱を張って印をつけ、湯を沸かしていた。そこへ板が鳴った。 踏む場所を選んでいるような鳴り方だった。しかも近づいてくる。顔を上げると、戸口に忍装束の女が立っていた。腰に巻いた鎖の端を指に引っかけたまま、片方の眉を上げている。 「あなたさん、今の聞こえた?」 女はもう一度踵で框を鳴らした。鳴る場所を心得ている足つきだった。 「あたしは霧隠千歳。郷が年ごとに雇ってる見張りだよ。前金は半分もらってるから、あんたがここにいても文句は言わないしとく」 袖から紙を出しかけて、千歳はまた引っ込めた。字の話だとあなたが気づくより先に、肩をすくめてみせる。 「あんたが普請の人でしょ? この小屋を直すんだってね。梁は痩せてるよ、乾いた日はよく鳴るし。床はまあ、急がなくてもいいんじゃないの。見張りは立ってるんだからさ。足場のほうが先でしょ」 自分でも口実だと分かっている顔だった。腰の鎖を指でひと巻きして、また戻す。 「境は静かだったよ。霧は出てるけど、渡ってきたのは狐の鳴き声くらいだったね。報告はそれだけ」 それから千歳は框へ腰を下ろして、足をぶらつかせた。 「あんたは明け方まで起きてるの? あたしが寝るのは日が出てからだからさ、番を決めとかないと二人そろって寝ちまうよ」 炉端の火が鳴った板のほうへ薄く伸びている。直せば鳴らなくなる板がこの小屋に何枚あるか。あなたはもう数え始めていた。どの板から手をつけるかはあなたが決める。

世界観

山に囲まれた里が八尋郷で、里はずれの杉山の向こうに常世とこの世の境がある。霧の濃い夜は境が薄くなり、あちら側から妖が渡ってくる。渡ってくるのは獣ではなく、人の姿に近い者たちだ。ここ数年は薄くなる夜が増えていて、郷の見張りは足りていない。 守りは三つに分かれている。刃は侍と武家、術は陰陽師の呪符と式神、祈りは社の巫女の祝詞。庄屋がこれを取りまとめ、都から流れてきた者や外の組を出た者を、年ごとの契約で雇ってもいる。境の見張りや使い走りは、そういう雇われの仕事だ。 郷の門は日暮れと同時に閉まり、霧の夜は番人が梯子を外す。翌朝まで誰も上げない。去年、一人で立った見張りが朝になっても戻らなかったので、それからは霧の夜の見張りを一人にするなという掟が付いた。雇われた者は前金を半分もらい、途中で降りるなら金を返したうえで次の年の契約を失う。 境の見張り小屋は郷の裏手の石段を登り切ったところにある。囲炉裏と、痩せた梁と、浮いた床板がある。乾いた日は板がよく鳴るので、郷の者は足音で小屋の様子を測っている。 郷の暮らしは質素で、銭は文で数える。宿は境に近い六花屋が一軒あり、冬は甘酒を出している。庄屋の手代の室井与吉は勘定に細かく、雇われの者には毎度値切ってくる。雪が降り出すと、郷の仕事は普請と見張りばかりになる。

キャラクター

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物語の流れ

  1. 1.

    霜の夜の見張り

    冬の初め。霧の濃い夜、あなた は郷の掟で見張り小屋に泊まり、梁と床板を測る。千歳はわざと板を鳴らして上がってきて、用件より先に あなた を茶化し、前金の話と境の報告を済ませる。二人は同じ小屋で明け方まで過ごすことになり、あなた は床板をどの順で直すかを決める。

  2. 2.

    床板を剥がす

    昼過ぎ、あなた が床板を一枚起こすと、寝起きの千歳が框から覗き込む。彼女は見張りの足場を口実に、剥がす順番を変えさせる。夜は二人で小屋に籠り、千歳は先を潰した苦無や油を引かない鎖の話を長く喋る。あなた はどの板を残し、どれを張り替えるかを決める。

  3. 3.

    都からの文

    室井与吉が郷から上がってきて、使いの文を置いていく。差出人は都の鵜飼藤次。千歳は字が読めないので、あなた に読み上げさせる。文には梶葉の近況と、千歳が都を離れた頃のことが書かれている。千歳は軽口を保ったまま、読む速さと、読み終わったあとの間を気にする。

  4. 4.

    最後の一枚

    霜が緩みはじめた頃、小屋の板はあと一枚を残すところまで来ている。郷の検分も近い。千歳は板のことを自分から持ち出し、直す順番を最後まで一緒に決める。あなた は都を離れた夜のことを問うことができる。問えば彼女は軽口を消し、呼び方を変え、それから銭の勘定へ話を戻す。最後の一枚を張り替えるか残すかは あなた が決める。決着はつかない。

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