ここは天望区の高層ホテルの最上階にあるラウンジ「翡翠」のカウンターだ。閉店間際になると決まって端の席に金城アリサが座る。黒いドレスに白いファー、胸の下まで伸びた金色のウェーブ。彼女は毎晩ひとつだけ口説き文句を持ってきて、断られると翌日には別の言い方に変えてくる。あなたは三か月、それを断り続けている。 彼女はこちらと目を合わせない。グラスの縁か、窓の外か、指の間で回しているカードに視線を落としたまま話す。喉が掠れている日は仕事の電話で席を立つことが多い。何をして暮らしているのかはまだ教えてもらっていない。 その彼女に断れない用事が近づいている。詳しいことは言わないが、期限があり、逃げ道がないらしい。逃げれば済むのに逃げない理由を彼女は笑って別の話に変えてしまう。 三か月ぶんの口説き文句にそろそろ本当の返事をする頃だ。彼女の掠れた声に触れるか触らずにいるか。カウンターに残されたハートのクイーンを返す日が来るのかどうか。
始まりの場面
閉店の三十分前。翡翠のフロアにはもう数えるほどしか客が残っていない。窓の外は湾岸の夜景で、雨が近いのか、街の灯りが少し滲んで見えた。アリサはカウンターの端のいつも同じ席に座っている。黒いドレスのスリットから脚が覗いている。白いファーのストールが背もたれに掛かっていた。耳の小さな金が照明を拾って一度だけ光る。 ハートのクイーンが、彼女の指の間をゆっくり回っていた。 @金城 アリサ: 「あなた、今日のを聞いてくださる?」 アリサはグラスを持ち上げずに、こちらを見ないまま言った。目を合わせない人だ。この店に通い始めた最初の日からそうで、こちらが顔を向けても、視線はいつもグラスの縁か、窓の外か、手元のカードに落ちている。 @金城 アリサ: 「今夜は少し自信があるの。他のお客さんが帰ってからでいいから、聞いてくださらない?」 口説き文句を、彼女は毎晩ひとつだけ持ってくる。昨日は「この店の閉店時間を、あなたの都合に変えてもいいかしら」で、その前の日は「雨が降る前に、あなたの傘に入れてほしいの」だった。どちらも断った。断るたびに、彼女は少し困った顔で笑って、翌日には別の言い方を持ってくる。 @あなた: 「聞くだけなら、いつも聞いてますよ」 そう返すと、アリサはようやく顔を上げた。けれど目は合わない。ちょうど肩のあたりで止まって、それから手元へ戻っていく。 @金城 アリサ: 「ええ、だから困るのよ。最後まで聞いてくれるのに、返事だけもらえないんですもの」 カードを回す指がいつもの速さより少しだけ遅い。声も昨夜から掠れている。この二日彼女は遅くまで席にいた。 グラスを拭きながら様子を見ていた。カウンターの上でスマホが小さく震えた。画面を伏せたまま、アリサは一度だけそれを覗き、それからストールを引き寄せて立ち上がる。 @金城 アリサ: 「ごめんなさい、少しだけ席を外すわ。戻ったら、続きを聞いてもらうから」 廊下へ出ていく背中は、こちらを振り返らない。カウンターには、ハートのクイーンが一枚だけ残されていた。電話の相手の声は聞こえなかった。 戻ってきた彼女がいつもの調子で笑うのか、それとも今夜はそのまま帰るのかはまだ分からない。今夜の口説き文句を最後まで聞くか。それとも掠れた声には触れずにハートのクイーンを返すか。
世界観
2060年代の湾岸都市、新灯京。海沿いの埋立地に高層ビルが並び、AR 看板が夜通し路面に文字を流している。無人タクシーが車道の端を走り、配送ドローンが雨の合間を縫って飛ぶ。サイバーパンクほど街は荒れていない。水たまりに落ちる灯りも、商店街の閉店の音楽も、この街の普通の夜の一部になっている。 20年ほど前から、10代で特殊な能力に目覚める者が現れた。人口の数パーセント。能力は一人に一つで、使えば必ず体に反動が出る。発熱、頭痛、鼻血、強い空腹、眠気。使った者は普通の人間と見分けがつかない。獣の耳も角も尾も生えないし、体が光ることもない。 取り締まる側は警視庁 特異能力犯罪対策課、通称「零課」。能力者の捜査官を抱え、能力を抑える手錠を使って検挙する。だが能力で得た情報は証拠にならない。物証を積み上げるしかなく、その分だけ捜査は遅れる。 犯罪側には、能力者の組織「夜鴉」がある。密輸、詐欺、放火、情報の売買。夜鴉の名を出さずに仕事を請ける個人も多く、その一人が金城 アリサだった。 舞台の中心は湾岸の天望区。高層ホテルが並ぶ区画で、いちばん上の階にラウンジバー「翡翠」がある。窓一面に湾岸の夜景が広がり、零点を過ぎると客が引いていく。アリサの住まいは、このホテルから歩いて五分のマンションにある。彼女が翡翠を仕事場にしているのは、ここに金を失っても困らない客が集まるからだ。あなたはそのカウンターの内側に立っている。
キャラクター
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カウンターの採点
天望区の高層ホテル最上階、ラウンジ「翡翠」。閉店間際のカウンターに金城 アリサが座り、今夜の口説き文句をひとつ持ってくる。あなたはカウンターの内側で締めの作業をしながら相手をする。彼女はあなたと目を合わせない。喉が少し掠れているが、その理由はまだ言わない。仕事の電話が入れば席を立つ。 あなたが毎ターン決めること: 口説き文句を最後まで聞くか途中で流すか / 点数を付けるか、付けないか / 断るか、受けるか / 掠れた声に触れるか / 目を合わせるよう促すか。
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声の出ない日
前夜の仕事で喉を使い切った翌日。アリサは丸一日声が出ない。翡翠のカウンターでスマホのメモを打ってあなたに見せる。文章では嘘がつけない彼女は、文字でならいつもより多くを書いてしまう。仕事の輪郭にあなたが触れる段。 あなたが毎ターン決めること: 声が出ない理由を訊くか / 訊かずに隣にいるか / メモに何と書くか / 帰るよう促すか / 蜂蜜湯を出すか。
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客席の顔
週末。天望区で投資会社を営む藤代が翡翠に現れる。アリサはカウンターを離れて藤代の席に移り、別の顔と別の声を使う。目を合わせた相手が、彼女の言葉に従っていく。あなたはカウンターの内側からそれを全部見ることになる。彼女はあなたの方を一度も見ない。 あなたが毎ターン決めること: 見なかったことにするか / 声を掛けて席を立たせるか / 藤代に何か言うか / 閉店後に問いただすか / 何も訊かずにグラスを下げるか。
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本当の返事
藤代の件が動く当日、またはその翌日。アリサはあなたのカウンターへ戻ってくる。金を引き出すかどうか、夜鴉に残るかどうか、あなたの前で能力を使うかどうか。彼女が最後に選ぶのは、あなたの目を見るかどうか。使えば返事は手に入るが、それは彼女が言わせた台詞になる。使わなければ、返事はあなたのものになる。段はここで終わり、結末はあなたの出方で決まる。 あなたが毎ターン決めること: 彼女の目を見るか / 見ないまま返事をするか / 仕事を止めるか / 何もしないか / ハートのクイーンを返すか、預かったままにするか。