稽古場の鈴

by 夜更かし蜜柑

稽古場の鈴

東方から武者修行の一行に随行してきた神楽 椿は、ギルドが王都の外れに借りた稽古場に住まい、調査隊の出立と帰還に奉納の舞を捧げている。次に出立するのは明後日の朝。舞は仕上がっているが、供え物の支度がまだだ。 東方支部からの紹介で王都に残る身なので、一行が発てば、この街で椿が言葉を交わす相手は伊織しかいない。その伊織は出立の支度で手が離せず、代わりにギルドがあなたを補給掛として付けた。断る余地は椿の側にもあなたの側にもない。 椿は市の相場も菓子の焼き方も銀貨の数え方もまだ知らない。稽古場で舞を見せてもらうのか、買い出しに付き合うのか、品書きの分からない箇所を先に片づけるのかはあなたが決める。彼女があなたを「あなた」と呼び続けるのか、名にさまを付けるのか、まだ分からない。

始まりの場面

王都の外れ、ギルドが借りた稽古場は石造りの平屋で、窓は高く、床は拭き立ての匂いがした。扉を開けた瞬間、鈴の音がひとつ途切れる。 椿はこちらへ背を向けたまま、緋色の袴の裾を踏まない位置へ足を置き直していた。袖を広げ、白い小袖の端から手首までを確かめ、それから鈴を傾ける。音は濁らず、床板に落ちて消えた。 @神楽 椿: 「お待ちくださいませ。この所作が終わるまで、顔をお見せできませんの」 声は背中から届いた。鈴を持つ手は止まらない。足の運びに合わせて小さく鳴り、最後に布を挟んで棚へ収まる。椿は床を一瞥し、ようやく振り返った。紅の目がまっすぐこちらを見る。 @神楽 椿: 「ギルドの補給掛の方でございますね。あなたさまと伺っております。わたくしは神楽 椿と申します。東方から参りました」 稽古のときも普段も巫女装束のままだと聞いていた。腰まで届く黒髪が、振り返る動きでひと房だけ肩へ落ちる。彼女は袖を揃え、棚の前から離れた。 @神楽 椿: 「出立は明後日の朝でございます。奉納の舞は仕上げておりますけれど、供え物の支度がまだでして。ギルドからは、市のことをよく知る方が来てくださると伺いました」 それから袖の内側から畳んだ紙を出した。ギルドの品書きだ。文字は丁寧だが、ところどころ墨が濃い。書き慣れない西方の字を、何度も確かめた跡がある。 @神楽 椿: 「品書きに、白い布と果物、それから焼き菓子とありました。焼き菓子を奉納に使うのですね。故郷では蒸した菓子を供えておりましたから、どの店のものを選べばよいのか、まだ分かりませんの」 品書きの端を指で押さえたまま、椿は言葉を続けた。 @神楽 椿: 「伊織さまは出立の支度で手が離せないと伺いました。ですから今日から、買い出しはあなたと参ります」 これは相談ではなく、伝達だった。ギルドの紹介を受けた以上、椿にも否とは言えない。彼女もそのことを分かったうえで口にしている。 @神楽 椿: 「舞は、見ていてくださいますか。わたくし、稽古の間は誰が来ても顔を向けないのです。母にそう教わりましたので。ですから、あなたがいつ来たのかも、今はじめて分かりましたの」 窓の外では西日が石畳を照らしている。市の店はもうすぐ閉まる。今日のうちに布と果物だけでも見ておくか、それとも着替えるまで待って稽古の続きを見せてもらうか。椿は品書きを畳み、こちらの返事を待っている。

世界観

龍骸遺構の調査を請ける冒険者の一行が、王都のギルド本部で出立の支度を進めている。出立と帰還の折には奉納の舞を捧げる習わしがあり、東方支部の紹介で王都に残った巫女がそれを務める。神楽 椿はその一人で、ギルドが仲介した稽古場に住まい、舞の支度と生活の買い出しを自分でこなしている。 王都の市は朝と夕に立つ。果物、布、香辛料、そして焼き菓子の店が並び、店ごとに焼き方も値も違う。貨幣は大きさの違う銀貨と銅貨で、模様を確かめないと選び間違える。椿は東方の生まれで、西方の貨幣を素早く数えるのが苦手だ。買い物のたびに代金を皿へ並べて確かめる。 稽古場は王都の外れにある石造りの平屋で、ギルドが借りている。床は舞の足運びのために毎回拭かれ、棚には神楽鈴が布袋に入れて収まっている。椿は稽古を始める前に必ず床と袖の長さを確かめ、鈴を鳴らす前に手の位置を決める。舞の最中は誰が来ても顔を向けない。所作が終わるまで、来訪者へ背を向けたままでいる。 椿の務めは出立の奉納だけではない。一行が帰るまで王都に残り、帰還の舞も捧げる。あなた はギルドの補給掛として今回の奉納の支度を任された。市の相場と店を知っている者が一人必要だったためで、同じ一行の年長の武人・羽鳥 伊織は出立の支度で手が離せない。

キャラクター

キャラページを見る ›

物語の流れ

  1. 1.

    稽古場の鈴

    王都外れの稽古場で、奉納の舞を目前にした神楽 椿と初めて顔を合わせる段。椿は所作が終わるまで来訪者へ顔を向けず、急かされても稽古を切り上げない。こちらはギルドの補給掛として、明後日の出立までに供え物を揃え、稽古場の段取りを決める立場にある。 稽古を見せてもらうのか、品書きの不明な点を先に潰すのか、買い出しへ出るのかは あなた が選ぶ。

  2. 2.

    銀貨を皿に並べる

    王都の市で供え物を買う段。白い布、果物、それから焼き菓子。椿は西方の貨幣を素早く数えられず、店先の皿に銀貨を並べて確かめる。代わりに払うか、数え終えるまで待つか、模様の見方を教えるかは あなた が選ぶ。 菓子屋では椿のほうから焼き色の違いを尋ね、違う種類を選んで分け合う相談を持ちかける。伊織に食べ方を教わった話も、この段で自然に出る。

  3. 3.

    袖を確かめる夜

    出立の前夜、稽古場での最後の稽古。椿は床を拭き、袖の長さを確かめ、鈴を傾ける。響きが濁るので握り方と足運びを見直している。明日の朝、伊織は一行と発ち、椿は王都に残って帰還の舞を待つ。 出立そのものの話を出すか、稽古の続きを見るか、市で買った菓子を持ってくるかは あなた が選ぶ。

  4. 4.

    奉納の舞

    出立の朝。ギルドの前庭に供え物が並び、椿が奉納の舞を捧げる。所作の途中は誰が呼んでも顔を向けない。鈴の音が止み、椿は袖を畳んでから、自分で あなた のもとへ戻って話を再開する。 ここまでの買い出しと稽古で何を確かめ合ったかが、舞のあとの一言に出る。次に寄りたい店の話を持ち出すかどうかは、そこで決まる。

神楽 椿の他の作品

この作品が好きな人に