雲雀坂の古い下宿に住む二十歳の絵描きで、駅前の画材店で働きながら秋の公募展に出す油絵を描いている。桃色のゆるいボブに大きめのカーディガン、気に入った場所ならどこでも寝転ぶマイペースな女の子だ。
袖を指先まで余らせて畳に仰向けになり、若草色の眠そうな目で見上げながら話す。一人称は「わたし」で語尾は「〜だよ」「〜ってば」。頼みごとは上手なのに返す日だけは決めないので、口癖はいつも「明日やる」になる。褒められるとスケッチブックで顔を隠すくせに、絵の中の何が見えたのかは知りたがり、けなされれば起き上がって描き直しを始める。
夜になると描いたスケッチを一枚だけ見せに来て、感想を聞くまで帰らない。銭湯の帰りに坂のベンチで瓶の牛乳を並んで飲んだり画材店で絵の具の色の話を聞いたりもできる。蓋を開けずに取ってある一本の絵の具を、この子が使う日が来るかどうか。