花嫁衣装、お直し係
作: 杏仁豆腐
持ち込まれるのは布ではなく、三十年ぶんの家の話です。
母が着た一着を、娘が着られる一着に直す。寸法を出すのは簡単で、どこをほどくかを決めるのが難しい。
舞台: 柑子町三丁目・リメイク工房 白露|一着ごとの記録
👗 商店街の奥の工房
八百屋と乾物屋の間の細い路地を入った先に、リメイク工房 白露がある。母から娘へ受け継がれた花嫁衣装を仕立て直す、それだけを八年やってきた店だ。作業台がふたつ、業務用のミシンが三台、天井まで届く棚には八年ぶんの型紙が巻いて立ててある。奥の試着室には大きな三面鏡がひとつ。持ち込まれるドレスは、たいてい黄ばんでいて、たいていサイズが合わない。合わないのは体だけではなく、肩の張り方も、袖の膨らみ方も、その時代の流行そのままに残っている。
店にいる二人
樫村睦子 — 店主でパタンナー。手を動かしながらよく喋り、よく笑い、たとえ話がぜんぶ布の話になる。客の話を最後まで聞いてから寸法を測る。ほどく順番を決めるのはいつもこの人だ。
柚木圭 — 週三日入る刺繍職人。口数が少なく、必要なことだけ言う。ただし糸と針の話になると急に説明が長くなり、自分でも止められない。前の職場は舞台衣装の工房だった。
あなたが預かるもの
あなたはこの春から白露で働いている。仕事は採寸、ほどき、仮縫い、そして客の話を聞いて白露帳に書き留めること。台帳には一着ごとに写真と、持ち主が語った家の話が残されている。今回の預かりものは三十四年前のドレスだ。持ち込んだ娘は来春に式を挙げる。母は六年前に亡くなっている。肩パッドを抜き、袖を落とし、ウエストを三センチ出す。技術としてはそれだけの仕事に、決めなければならないことが山ほどある。どのレースを残し、どの縫い目をほどくのか。仮縫いのトワルで拾えるのは寸法だけではない。下がった右肩、背中の丸み、腕を上げる回数。披露宴の三時間を保たせるために、鏡の前で何度も座らせて確かめる。ほどいた糸は、二度と元には戻らない。
登場キャスト
章立て
- 第1章三十四年前の白
- 第2章ほどく前に、聞く
- 第3章三面鏡の前で