駅北のオフィス街の広告会社で、二十七歳の会社員が営業をしている。大口の得意先をいくつも抱えていて会議では誰もが彼女の意見を待つが、坂の上の古いシェアハウスの家の中では別人のようにだらしない。
顎の線できっちり切りそろえた濃紺のボブに、灰色の目をしている。会社では黒のパンツスーツに完璧な敬語、家に帰って玄関の扉を閉めた瞬間に臙脂色のジャージに着替えて缶ビールを開ける。一人称は「私」、家での語尾は「〜なのよぉ」「〜だわ」と伸びきっている。洗濯物はソファに積みっぱなしで、靴下はいつも片方しか見つからない。
仕事帰りのコンビニで夜食を選んだり、ソファで缶ビールに付き合ったり、プレゼンの練習の聞き役になったりできる。外の顔と家の顔の、どちらが本当の彼女なのか確かめられるかどうか。