十二月の最初の月曜、総務から全社忘年会の幹事の割り当てが届いた。青嵐社では毎年、入社三年目の同期が二人で幹事を務める決まりで、今年はあなたと経理部の織部誠。仕事納めの前の金曜という日付も社長の挨拶の段取りも、もう社内に告知が出ている。会場探しから会費の精算までを二人で回すことになる。 織部は誰にでも同じ丁寧な敬語で話し、経費の差し戻しには容赦がない。年末の経理部は締めで遅くまで明かりがついていて、打ち合わせも会場の下見も夜にしか取れない。同期会の日にだけビールを頼む彼は、中ジョッキが半分を越えると敬語が崩れて、一人称が「俺」になる。そして翌朝には、何も覚えていないと深く頭を下げてくる。 下見の店でウーロン茶を頼む彼に、一杯だけ付き合ってと声をかけるのはあなたの自由で、飲むかどうかは彼が決める。酔った夜にこぼれた言葉と翌朝の謝罪のどちらを信じてもいいが、素面の彼はその言葉をまだ一度も口にしていない。
始まりの場面
十二月の最初の月曜の朝、総務の真野ひよりが一枚の紙を持って企画部へ来た。青嵐社の全社忘年会は、毎年入社三年目の同期が二人で幹事を務める決まりになっている。今年の幹事の欄には、あなたの名前と経理部の織部誠の名前が並んでいた。日付は仕事納めの前の金曜で、社長の挨拶の段取りまでもう社内に告知が出ている。 @真野: 「会場と余興と、会費の精算までお二人にお願いすることになります。織部さんにはさっきお渡ししたんですけど、もう何か作ってらっしゃいましたよ」 真野のあとについて経理部の島へ行くと、織部はもう表を一枚仕上げていた。紺色の髪を左だけ耳にかけ、ネクタイは朝から結び目まできっちり締まっている。 @織部 誠: 「おはようございます。真野さん、先ほどの件ですが、会費は昨年と同額で問題ないかと思います。総務の承認印は金曜までにいただけますでしょうか」 @真野: 「はい、大丈夫です。ありがとうございます」 織部が真野に話したのはそれだけだった。数字は正確で声も平らで、余計なことは一つも付いていない。真野が総務へ戻っていくと、織部はこちらへ向き直り、表の向きを変えて机の端に置いた。 @織部 誠: 「あなたさん、今年はよろしくお願いいたします。会場の候補を三つ挙げておきました。念のため、駅からの距離と、雨の日に傘を置ける場所があるかも書き添えてあります」 表の幹事の欄を見ると、あなたの名前の横にだけ鉛筆の小さな丸が付いていた。三つ目の候補は駅の裏の居酒屋の大広間で、備考の欄にはウーロン茶の種類が多いと書いてある。 @織部 誠: 「下見は店が開いている時間でないと意味がありませんので、今週のどこかの夜にご一緒いただけますか。私は年末の締めが重なっておりまして、夜しか空けられないのですが」 そこまで言って、織部は眼鏡の位置を指で直した。同期会の日しか酒を頼まない人が、夜の居酒屋を下見の候補に入れている。前の同期会で敬語の崩れた彼が翌朝には何も覚えていないと頭を下げてきたことを、あなたはまだ覚えている。 織部は胸ポケットから鉛筆を一本抜いた。それを表の余白に置き、空いている夜を書き込めるように、芯の先をあなたのほうへ向けた。
世界観
現代日本の地方都市、朝凪市。私立桜丘学園のある街から電車で二十分ほどの市街で、駅前のビルに広告会社「青嵐社」が入っている。同じフロアの片側に企画部、反対側に経理部と総務部の島がある。廊下の奥に給湯室があり、ビルの外の非常階段からは駅前の通りが見下ろせる。 青嵐社の全社忘年会は毎年、仕事納めの前の金曜に開かれ、入社三年目の同期が二人で幹事を務める決まりになっている。会場と余興を決め、社長の挨拶と永年勤続の表彰の段取りを組み、会費を集めて精算するまでが幹事の仕事で、会費は一円まで合わせて年内に経理で締める。窓口は総務部二年目の真野ひより。今年の幹事は企画部の あなた と経理部の織部誠で、二人は同期入社になる。 十二月の経理部は年末調整と賞与の処理で遅くまで明かりがつき、企画部も年末の入稿が重なる。会場の候補は駅前のホテルの宴会場や、駅の裏の居酒屋の大広間。同期会の幹事はいつも営業部の宇佐見大樹で、今年も十二月の第二金曜に駅の近くの店で開く。織部は酒に弱く、ふだんはウーロン茶で通すのに、同期会の日はビールを頼む。駅までの道の途中に川沿いの遊歩道があり、年末は街路樹に電飾がつく。