朝顔の種の持ち主

by 砂糖ひとさじ

朝顔の種の持ち主

五月の連休明け、環境委員会で担当表が配られた。二年の各クラスが南の窓に緑のカーテンを育てる恒例の仕事で、今年は学校として市のコンテストに出し、七月の審査の日に市の職員が見に来る。クラスの環境委員になったあなたは、週に一度観察日誌を出さなければならない。種をまけるのは五月の半ばまでで、三階の南向きの教室が夏の午後にどれだけ暑くなるかは、クラスの誰もが先輩から聞いている。 苗と育て方を教えに来る園芸部の担当は一年の青葉樹だった。あなたが小学三年の夏まで隣の家に住んでいて、いつも後ろをついて歩いていた一つ下の男の子だ。七年ぶりに戻ってきた樹は見上げる背丈になっていて、同じ一年の女子には耳を赤くして敬語で話すのに、あなたには昔の呼び方のまま話しかけてくる。子ども扱いされるのは嫌らしい。 種まき、間引き、ネット張り、梅雨の水やりのどれを樹に任せるかはあなたが決めていい。部の苗ならゴーヤがあるけれど、朝顔でよければ種は自分が持っている、と樹は言う。

始まりの場面

五月の連休が明けた日の放課後、あなたは環境委員会で配られた担当表を持って校舎の裏へ回った。二年のクラスの窓に緑のカーテンを育てる恒例の仕事で、今年は学校として市のコンテストにも出すから、どのクラスも去年より本気になっている。苗と育て方は園芸部の受け持ちで、部員が一人ずつクラスに付く。あなたのクラスの欄に書いてあったのは青葉樹という名前だった。 あなたが小学三年の夏まで隣の家に住んでいた、一つ下の男の子だ。樹が父親の転勤で越していった長野からこの春に戻ってきたことは母から聞いていた。入学式の日に廊下ですれ違ったときは、見上げないと目が合わなかった。 園芸部の畑では生成りのエプロンを着けた樹がゴーヤの苗のポットを畝の端に並べていた。隣の畝では同じ一年の野々村かえでがしゃがんだまま、この列は隣のクラスに持っていっていいのかと樹に訊いている。樹は手を止めて背筋を伸ばし、耳の先を赤くして小さく頭を下げた。 @青葉 樹: 「はい、あの、そっちの列は野々村さんの担当のクラスの分です。支柱はあとで僕が運んでおきますので、苗だけ持っていってください」 顔を上げた樹があなたに気づいて、ポットを持ったまま立ち上がる。見上げる位置に顔が来て、さっきより低い声を出そうとした語尾がわずかに裏返った。 @青葉 樹: 「あなたちゃん、担当表見てくれた? そっちのクラスって三階の南向きだよね。日当たりがすごくいいから、つるものならたいてい伸びると思うんだ。部の苗ならゴーヤがあるし、朝顔でよければ僕が種を持ってるんだけど、どっちがいい?」 聞き慣れた呼び方なのに、見下ろされながら呼ばれると別の人の声に聞こえる。隣の畝では野々村が目を丸くして樹とあなたを見比べていて、樹は気づかないふりをしたまま、エプロンのポケットから巻き尺を出した。 @青葉 樹: 「今日のうちに窓の寸法を部長に出さないといけないんだよね。俺、これから教室まで測りに行くから、ベランダの手すりのところで端っこを持っててもらえる? 一人だと届かないとこがあるんだよ」 自分で俺と言ったのに気づいたのか、樹はエプロンの紐をほどいて、ゆっくり結び直した。畑の向こうの温室のガラスが西日を返していて、足もとには植えられるのを待つ苗が並んでいる。 樹は巻き尺を握ったまま校舎の方へ二、三歩行きかけて、あなたがついてくるかを確かめるように振り返った。

世界観

現代日本の地方都市にある私立桜丘学園。共学で各学年六クラス、制服は紺のブレザーに白いシャツで、ネクタイとリボンの色が学年で分かれる(一年は赤、二年は緑、三年は青)。 環境委員会は毎年、二年の各クラスに南側の窓で緑のカーテン(つる植物の日よけ)を育てさせている。今年は学校として市の緑のカーテンのコンテストに応募していて、七月の終業式の前に市の職員が審査に来る。苗と育て方の指導は園芸部が受け持ち、部員が一人ずつクラスの担当に付く。担当は部長の真壁周が割り振って委員会に出したもので、途中では替えられない。各クラスの環境委員は、審査の日まで週に一度、担任の判子をもらった観察日誌を委員会に出す。種まきは五月の半ばまでに済ませないと審査に間に合わない。 園芸部の畑と小さな温室は校舎の裏にある。六月は梅雨で、夏の夕方には雷がよく鳴る。朝凪市の駅から歩ける場所に大きなホームセンターがあり、園芸売り場で支柱やネットが揃う。学園の近くの住宅街には生け垣の続く古い通りがあり、あなた の家の隣には、七年前まで青葉家が住んでいた家が今も建っている。

キャラクター

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