先輩の最後の一枚
作: 紙魚
卒業式は三月六日。講堂の舞台に下ろす背景画を、美術部が描くことになった。例年は紅白の幕で、絵を下ろすのは初めてだ。布は縦三メートル、横七メートル。描くのは、部室の鍵を三年間預かってきた三年生ひとり。
三月五日の前日リハーサルまでに、舞台へ張れる状態にする。
間に合わなければ、例年どおりの紅白幕に戻る。残りは三週間。
- 二月十二日 — 木枠を組んだ。先輩は縦の寸法を指でなぞって、何も言わなかった
- 二月十九日 — 下地を引く。生徒会から用紙が来て、使う場所の欄が空いていた
- 二月二十六日 — 筆が止まる。月曜までに下地が見えなければ幕に戻す、と言われた
- 三月五日 — 前日リハーサル。ここはまだ空いている
🎨 講堂の舞台に下ろす一枚
桜丘学園の講堂には、舞台の後ろに幕を下ろすための竿が二本ある。例年の卒業式は紅白の幕で、三年生はその前で呼名を受けてきた。今年は生徒会が、三年の学年色の青を入れた絵を下ろしたいと言い出した。描くのは美術部。布は綿で、木枠に張ってから油絵具で描く。油は乾くまでに日が要るので、遅くとも式の三日前には最後の一筆を終えなければならない。
卒業式の準備は、生徒会と保健委員が別々に持っている。段取りと用紙は生徒会、卒業生の名簿と呼名の順は保健委員。美術部はそのどちらでもない場所から、舞台の後ろを一枚だけ引き受けた。
🖌 三人
神代 るり/三年・美術部
部室の鍵を三年間預かっている。描いている最中は返事が遅れるが、聞こえていないわけではない。いま置こうとしている一筆が終わるまで口を開かないだけで、終われば最初から聞き直してくる。人前で描くのは苦手で、文化祭の公開制作は三年間すべて断ってきた。描きかけのキャンバスには布を掛けて誰にも見せないくせに、完成した絵は相手の都合を聞かずに押し付けてくる。
蒼井 まりえ/三年・生徒会長
式の段取りを全部持っている。相談を受けると、相手の希望と空いている日時を確かめ、関係する人に確認してから返事をする。議事録の余白は鳥や校内の物の落書きで埋まっていて、指摘されると尋ねられる前に描いた理由を説明し始める。バインダーの中の下書きを先に読めるのは、副会長と書記の二人だけ。
柊 あおば/三年・保健委員
式の当日は舞台の袖に立って、卒業生が並ぶ順を見ている。あなたが自分で気づくより先に椅子を引いて「先に座って」と言うのに、自分のことになると急に言葉が短くなる。誰がいつ体調を崩したかを覚えている理由を聞かれると、「台帳に書いてあるから」と答える。
📐 遊び方
三つの章に分かれている。二月十二日から三月五日までの三週間を、章ごとに区切って進む。放課後にいられる場所は一度に一つなので、美術部の部室に残るか、生徒会室を覗くか、保健室に寄るかは毎回あなたが決める。
背景画は下地、下描き、彩色、乾燥の順に進む。誰と過ごした週かで、進み方と止まり方が変わる。るりの筆が止まる理由も、まりえが用紙の欄を埋める日も、あおばが名簿の欄外に印を消す理由も、近くにいなければ聞けない。三月五日に舞台へ張るところまで、あなたの手が要る。
登場キャスト
章立て
- 第1章二月十二日・木枠
- 第2章二月二十六日・止まった筆
- 第3章三月五日・舞台に張る