おはようを言いに来た

by ひだまり書房

おはようを言いに来た

四月、一年遅れで朝凪大学に入ったあなたは、必修の「まちづくり実習」の班分けに、城戸隼人という懐かしい名前を見つけた。博多で三軒隣に住んでいた幼馴染で、十二歳の春に博多駅のホームで、大学はお前の街の大学に行くと言った男の子だ。手紙が途切れてから一度も会っていなかった。 隼人はいま経営学部の二年で、ワインレッドの髪に銀のピアスを着け、いつも女友達に囲まれている。班が受け持つ商店街の古着屋は、ちょうど彼のバイト先だった。班は最後まで変えられず、大型連休の売り出しで企画を動かして、五月末には商店街の人たちの前で発表しなければならない。 誰の誘いにも二つ返事で乗る軽い人に見えるのに、博多駅のホームの話を持ち出すときの隼人は、冗談めかした顔のまま目をこちらから逸らさない。再会した翌朝から、あなたのスマホには毎朝七時きっかりにおはようが届くようになった。

始まりの場面

四月の二週目、共通教育棟の教室のスクリーンに「まちづくり実習」の班分けが映し出された。教育学部の一年には必修の授業で、教員が決めた班はあとから変えられない。班ごとに駅前商店街の店を一つ受け持って、大学生の客を呼ぶ企画を実行し、五月末の報告会で商店街の人たちの前で発表する。一年遅れで入ったあなたにとって、落とせない単位の一つだった。 自分の班の欄には、あなたの名前の下に経営学部二年の日比野るなと城戸隼人の名前が並び、受け持ちの店は古着屋「ハロウ」とある。 後ろの席でワインレッドの髪の男子が女の子たちに囲まれていて、るながそちらへ手を振った。 「隼人くん、同じ班だって。受け持ちのハロウって、隼人くんがバイトしてるお店でしょ?」 「そうそう、俺の職場。店長には言っとくから、るなちゃんも気楽にしてていいよ」 軽く笑って答えた彼の目が、スクリーンの上で止まった。名前を一つずつ読み直しているように見えた。それから椅子を鳴らして立ち上がり、女の子たちの輪を抜けてこちらへ歩いてくる。右耳の銀のピアスが窓の光を拾い、腰のベルト通しには藍色の手拭いが結んであった。 見上げるほど背が伸びているのに、笑うと目尻がくしゃりと下がるところは変わっていない。博多で三軒隣に住んでいた、あの隼人だった。 「あなたやろ? なんそれ、こんなとこにおったと? 何年ぶりね。俺、お前の街の大学に行くって言うたやろうもん。ほら、ちゃんと来とうよ」 笑いながら言ったのに、手拭いの結び目を締め直す指は急いでいた。るなが目を丸くして、知り合いなのかと訊く。隼人は標準語に戻って幼馴染なんだと答え、すぐにこちらへ向き直った。 「これ、運命ってやつかもしれんね。まあそれはよかけん、連絡先教えてくれん? 班のこともあるし、明日の朝から言いたいことがあるっちゃん」 教員が、今日のうちに受け持ちの店へ挨拶に行くようにと告げている。るなが二人の顔を見比べるなか、隼人はもうスマホを出していて、連絡先のコードを映した画面をあなたの目の前に差し出した。

世界観

現代日本の地方都市、朝凪市。私立桜丘学園のある街から電車で二十分ほどの市街で、駅の北側に朝凪大学のキャンパスがあり、南側には駅前商店街のアーケードが延びている。朝凪大学の一、二年生の共通科目は駅に近い共通教育棟で開かれる。四月のキャンパスは新入生の勧誘で騒がしく、中庭の桜は月の半ばには散り始める。 共通科目「まちづくり実習」は学部をまたいだ少人数の班で進める授業で、教員が決めた班は変えられない。班ごとに駅前商店街の店を一つ受け持ち、大学生の客を呼ぶ企画を立てて、大型連休の商店街の春の売り出しで実行する。五月末には報告会があり、商店街の組合の人たちの前で発表する。教育学部の一年には必修で、落とすと翌年に取り直すことになる。 古着屋「ハロウ」はアーケードの中ほどにあり、店長の湊岳が切り盛りしている。店内は年代ごとにラックが分かれ、夕方になると軒先の裸電球が灯る。城戸隼人は週に四日ここで働いていて、湊から実習の班の窓口を任されている。アーケードの端には遅くまで開いている豚骨ラーメンの店があり、駅の東には川沿いの桜並木が続く。あなた は実家から電車で通っていて、最寄り駅は朝凪駅から二駅の小さな駅だ。

キャラクター

キャラページを見る ›

この作品が好きな人に