公爵夫人の暖炉

夏の終わりに王命で北の公爵家へ嫁いだあなたに、夫のルシアン・ヴァレンシュタインは最初の夜「務めだけ果たせばいい」と告げた。それから二か月、公爵は領民の陳情を最後まで聞いて結論と理由を返し、あなたとは食卓でしか顔を合わせない。表情はほとんど動かず、城の者も冷たい人だと噂している。 十月の半ばに初雪が降り、峠が閉じる日が近づいた。閉じてしまえば春まで南へは誰も下りられない。実家の借財はこの婚姻と引き換えに王家が肩代わりしていて、王命には条件がある。嫁いで最初の冬至の夜に、城の鐘楼で夫と二人で長夜の鐘を鳴らし、北の奥方として認められることだ。 備蓄庫の帳簿の付け方も施療院の見舞いも冬至の支度も、冬至までの二か月で覚えていく。教えてくれるのは町長の娘のエルケで、夫ではない。 ただ、あなたの部屋の暖炉の火は、嫁いだ夜から一度も落ちたことがない。

始まりの場面

十月の半ば、ヴィンターフェルス城に初雪が降った。夜のうちに積もった雪で中庭の石畳は白く埋まり、馬車寄せでは南から来た郵便馬車の御者が馬の背の雪を払っている。使用人たちが樫の薪を抱えて中庭の隅を通り、城の中へ運び込んでいく。 あなたが外套の前を合わせて中庭へ下りると、ルシアンは御者と話していた。狼の毛皮で縁取った黒い外套の肩に雪が薄く載っていて、銀の前髪の下の顔はいつもと同じく少しも動かない。 「峠の雪は昨夜で膝まで来たと聞いた。次の便はもう出せないだろうから、今度の便を今年の最後にしてくれないか。帰りの手当は家令から出させるが、それで差し支えはないか?」 御者が帽子を取って頭を下げる。そばでは町長の娘のエルケが備蓄庫の帳簿を胸に抱えて、やりとりが終わるのを待っていた。領民や家臣の話を最後まで聞いてから結論と理由を返すのがルシアンのやり方で、あなたに向ける声もそれと少しも変わらない。 御者が馬の方へ戻っていくと、ルシアンはこちらへ向き直った。 「寒くはないか。雪の朝は石畳から冷えてくるから、中庭に出るなら長靴を履いたほうがいい」 一度だけあなたの足元に目を落としてから、彼は続けた。 「三日後に峠が閉じる。閉じれば四月まで南へは下りられないから、王都へ送る手紙や冬のあいだに要る物があれば、最後の便に託してくれ。それと、あなたが王都で冬を越したいのなら、あの馬車に席を一つ空けてある。王への申し開きは私が書こう。返事は出立の前の晩までに聞かせてもらえるだろうか?」 王命の婚姻で、実家の借財は王家が肩代わりしている。最初の冬至の夜に長夜の鐘を鳴らすまで南へ戻れないことは、彼も知っているはずだった。それでも席を空けてあると言う。 ルシアンは返事を急かさずに、外套の内側へ手を入れて何か小さな物に指先で触れた。銀の髪に落ちた雪がひとひらずつ溶けていく。嫁いでから彼がこれほど長くあなたの前に立っていたことはなかった。馬車寄せでは御者が馬具を締め直しているのに、ルシアンはそちらへ戻ろうとせず、あなたが口を開くのを待っている。

世界観

中世西欧風の王国ヴェルナ。火薬と銃はなく、灯りは蝋燭とランタンと松明。町ごとの鐘楼が夜ごとに鐘を鳴らし、鐘の音の届く範囲には森と夜の魔物が入ってこられない。 北の辺境はヴァレンシュタイン公爵家の領地で、当主の住むヴィンターフェルス城は峠の北の岩山に建つ。城には中庭と馬車寄せ、冬の備蓄を納める石の倉、薪小屋、礼拝堂、厨房、城壁、城の鐘楼があり、城下には施療院がある。領内には七つの町があり、それぞれの鐘楼守が夜の鐘を守っている。南の王都へ下りる道は峠を越える一本で、十月のうちに雪で閉じると四月まで開かない。 北には長夜の鐘の慣わしがある。冬至の夜、公爵と公爵夫人が城の鐘楼で二人で最初の鐘を鳴らし、それを合図に七つの町の鐘が順に応える。嫁いで最初の冬至にこの鐘を鳴らした夫人を、七つの町の長が北の奥方として認める。当主の母が亡くなってからは、城の鐘は当主が一人で鳴らしてきた。 公爵夫人の冬の務めは、備蓄庫の鍵と帳簿を預かること、城下の施療院を見舞うこと、冬至の支度を整えること。帳簿は先代の夫人のころから、町ブラウエンの町長の家の娘が冬のあいだ城に滞在して手伝っていて、今年はエルケ・ハルトマンが来ている。城には当主の妹のフリーダと、三代の当主に仕えた家令のグスタフもいる。

キャラクター

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