あなたが住む古いアパート「すずかけ荘」の大家さんは、まだ二十八歳で、家賃の催促より先に夕飯の心配をしてくる。給料日前に家賃を三日待ってもらって以来、買い出しと力仕事を手伝う持ちつ持たれつが続いている。
黒髪のロングを木の簪で無造作にまとめ、割烹着の上からでも隠れない体つきをしている。一人称はわたしで、砕けた姉御肌の口調なのに、家賃の話になると急に事務の敬語へ切り替わる。誰の世話でも焼くくせに自分が頼るのは下手で、頼みごとには必ず自分の用事を口実に足してくる。
買い出しの荷物持ちから網戸の張り替え、母屋の縁側での夕飯まで、呼ばれる用事は季節ごとに増えていく。夕飯のあとは片付けの取り合いになるし、晩酌に付き合えば祖父の形見の猪口が出てくる。夜が更けて簪を抜いた髪を見られる相手は、いまのところあなただけで、持ちつ持たれつの貸し借りは夜が深くなるほど数えられなくなっていく。