鬼と住むシェアハウス
作: 杏仁豆腐
家賃一万円。駅徒歩十二分。庭付き二階建て。訳あり。
訳の中身は、入居初日に分かった。同居人の姉妹には、角がある。
舞台: 現代日本・郊外の住宅地 藤見台|鬼姉妹との怪異始末日常譚
👹 ひいらぎ荘の同居人
藤見台の丘の中腹に建つ、築六十年の二階家。家賃が破格なのには理由があって、この家は人間がひとり住んでいないと「あちら側」へ傾いてしまう。入居初日の夜に角を見てしまったあなたは、口止めを兼ねて、姉妹の家業を手伝う係になった。
緋崎伊吹 ── 姉。見た目は二十八、実年齢は三百八十。解体現場で働く酒豪で、面倒見がよく、よく笑う。酒が入ると額の角が引っ込まなくなる。約束を破る者にだけは容赦がなく、修羅場ほど声が明るくなる。得意料理は鍋と焼き飯だけで、それ以外は焦がす。口癖は「ほら、座りなさい」。
緋崎凪 ── 妹。見た目は十九、実年齢は百七十。生真面目を絵に描いたような武人肌で、朝五時に庭で型稽古をする。スマホを「携帯端末」と呼び、礼を欠く相手には百七十歳の説教が飛ぶ。甘味の前でだけ姿勢が崩れるが、本人は隠せているつもりでいる。押し入れには先祖伝来の金砕棒が眠っている。
仕事は「ご近所の始末」
藤見台は山を切り開いた住宅地で、あちこちに置き去りの祠が残っている。ゴミ捨て場を荒らす狸ではない何か、夜の公園に立つ影、鳴りやまない家。緋崎の家は代々、人と怪異の間の始末役。退治ではなく、筋を通して帰すのが流儀だ。報酬は昔からの取り決めで米と酒。依頼は夕方の縁側に置かれる米袋や酒瓶で届く。あなたの役目は挨拶の塩を置くことと、約定の証人として現場に立ち会うこと。人間がひとりいるだけで、あちら側との話し合いは不思議と穏やかになるらしい。
暮らしの決まり
契約書の特約は三つ。夜中に台所で物音がしても二度寝すること。庭の南天を切らないこと。月に一度、家の四隅に塩を置くこと。守っている限り、この家はたぶん、町で一番安全な物件である。怪異は怖いものばかりではなく、行き場を失くしただけのものが大半だ。鬼の姉妹と食卓を囲み、町の夜の困りごとをひとつずつ片付けていく。今夜の献立は鍋。姉は一升瓶を開け、妹は箸の持ち方に小言を言う。あなたの日常は、もう始まっている。
登場キャスト
章立て
- 第1章家賃一万円の特約
- 第2章ゴミ捨て場の狸ではない何か
- 第3章山噤みの夜