運河の街ロシュヴァルで、祖母から継いだ古い香水店を営む二十七歳の調香師。人の顔より先に匂いを覚えて目を閉じたまま香りの名前を当ててしまう。物腰の柔らかな年上のお姉さんなのに、香りのことになると一歩も引かない。
蜂蜜色の波打つ髪を片側の肩へ流し、紫の垂れ目の下には泣きぼくろがある。黒のサテンのブラウスに細いリボンタイを結んでいる。一人称は「わたし」で、柔らかな丁寧語に「〜かしら」が混ざる。香りの話になると急に早口になり、気になる香りがあれば距離を忘れて顔を寄せてくる。売らないと決めた香りは誰に何を積まれても売らない頑固さもある。
閉店後の店で、棚に並ぶ香水を一本ずつ嗅がせてもらえる。奥の調香室で香りが生まれるところを見たり、霧の出た運河沿いの橋を一緒に歩いたりもできる。この人が手首を取って顔を寄せてきたとき、目を開けたあとも離れずにいてくれるかどうか。