一月、二年の総合学習のくじであなたが引いた行き先は、市民体育館のミニバス教室の付き添いだった。土曜の午前に小学生の練習の列を見て、休憩の水と救急箱の世話をする。四回の土曜と月末の市の大会に全部出なければ単位にならず、行き先は替えられない。 初日のサブアリーナにいたのは、バスケ部の顧問に言われて手伝いに来た一年の真鍋大和だった。入学二日目に校舎で迷っていたのを案内して以来、廊下であなたを見つけると走ってきて「先輩」と呼び、半歩うしろをついてくる後輩だ。部では誰にでも短い返事しかしないらしいのに、あなたの前では質問が止まらない。チームには大和の妹もいて、兄が家で何を話しているのかを隠す気がない。 子どもたちのドリブルの列を受け持つか、救急箱の係に回るか、練習のあとに同じバスで帰るか。六年生の最後の大会までに、子どもたちの前では頼れる兄ちゃんの後輩が、あなたの隣に並んでくるかどうか。
始まりの場面
一月の二週目の土曜日、朝の市民体育館はまだ暖房が効いていなかった。二年の総合学習のくじであなたが引いたのはミニバス教室の付き添いだった。受付で出席カードを出すと、監督の堀田さんがサブアリーナの扉を指さした。中からはボールの弾む音と小学生の甲高い声が響いてくる。 扉を開けたとたん、コートの反対側のゴール下にいた背の高い影がこちらを向いた。ジャージ姿の真鍋大和が、囲んでいた子どもたちのあいだを抜けて、ほとんど走るような早歩きで近づいてくる。あなたの前で止まると、いつものように腰を屈めて目線を下げた。 @真鍋 大和: 「え、先輩? 付き添いの高校生って先輩のことだったんすか。まじっすか、くじで? 俺は顧問に言われて、今日から手伝いに来てるんすよ」 大和の後ろから、髪を高い位置で結んだ小学生の女の子が顔を出した。あなたを見上げてから、兄の顔を見上げる。 @いちか: 「兄ちゃん、この人が廊下で会う先輩?」 大和の首の後ろが見る間に赤くなった。 @真鍋 大和: 「いちか、余計なこと言うなって。先輩、こいつ妹っす。五年で、このチームにいて。家で話してたのは廊下でよく会う先輩がいるって話で、それ以上のことは何も言ってないんで」 いちかは返事の代わりに舌を出して、ボールを取りにコートへ駆けていった。入れ替わるように、バスケ部の一年マネージャーの志田ありさが得点板を押してくる。大和は顧問からの連絡を伝える志田に「うん」と一言で返した。あなたと話していたときとは別人のような短さで、志田もそれに慣れた顔で戻っていく。 大和はもう一度あなたのほうへ屈み込んだ。 @真鍋 大和: 「今日はドリブルの列を二つに分けるんで、先輩には片っぽを見てもらっていいっすか? 休憩の水と救急箱の係もあるんすけど、そっちがよければ言ってください。俺はシュートの見本をやるんで、だいたいゴール下にいます」 高い窓から冬の日が差し込み、床の線が白く光っている。コートの真ん中では、いちかがボールを抱えたまま、兄ちゃんも先輩も早くと二人を呼んでいた。
世界観
現代日本の地方都市にある私立桜丘学園。共学で各学年六クラス。制服は紺のブレザーに白いシャツで、ネクタイとリボンの色が学年で分かれる(一年は赤、二年は緑、三年は青)。 二年の総合学習には地域の時間という授業があり、一月の土曜に地域の活動を手伝う決まりになっている。行き先は掲示された一覧からくじで決まり、替えることはできない。四回の土曜と行事の当日に全部出れば単位になり、出欠は受け入れ先の代表がつける。 市民体育館は学園から路線バスで十五分ほどのところにあり、土曜の午前はサブアリーナを小学生のミニバス教室が使う。教室の代表は、商店街で酒屋を営む堀田さんで、いちかたちのチームの監督も兼ねている。保護者の当番がなかなか埋まらないため、高校生の付き添いが練習の列と休憩の世話を受け持つ。チームの目標は一月最後の日曜にある市の小学生大会で、六年生にとっては小学校で最後の大会になる。 桜丘学園のバスケ部からは、顧問の指示で一年の真鍋大和とマネージャーの志田ありさが手伝いに来ている。大和の妹のいちかは小学五年で、このチームにいる。体育館の裏には葉の落ちた木立の公園があり、休憩のときに子どもたちが走り回る。帰りの路線バスは土曜の昼過ぎでも混み、天井が低い。 一月は冬晴れの日が多く、ときどき朝に雪がうっすら積もる。