幽霊しか乗せないタクシー

作: 杏仁豆腐

#ホラー#ミステリー#夜#日常

お客様はミラーに映らない。だから、振り返って挨拶する。

未練を残した客だけを乗せる深夜タクシー。行き先は皆、この世の住所。

舞台: 現代日本・鷺森市の深夜タクシー会社|送りの夜話

🚕 あけぼの交通の夜

鷺森市の旧市街に、深夜専門のタクシー会社あけぼの交通がある。所属十二台、全車が型の古い黒塗りセダン。乗ってくる客のほとんどは、もうこの世の者ではない。行き先は決まってこの世の住所──会いたかった人の家、勤め上げた工場、思い出の校舎。メーターは未練の重さで動き、表示は料金ではなく残り時間。客が未練の場所を見届けると、後部座席には小さな忘れ物が残る。古い写真、ビー玉、使われなかった回数券。それが料金の代わりだ。

教育係と、声だけの無線係

戸賀崎勝 ── 乗務三十年の最古参。一人称は「あたし」、下町の落語みたいな喋りでよく笑う。客が死者でも生者でも扱いを変えない。この商売の辞め時は「後ろに知り合いが乗ってきたとき」だと言う。

佐分利真夜 ── 無線係。営業所の奥の無線室から出てこず、姿を見た者はいない。短く、平坦で、正確な配車の声。四十年前に営業所が焼けた晩から、無線室は誰も開けない部屋になった。それでも声は、毎晩届く。

あなたの役割

あなたは今夜採用されたばかりの新人運転手。後部座席の気配に動じなかったことが採用の決め手だった。担当は車庫の一番奥の三号車──四十年前の火事を生き延びた、いちばん古い一台だ。仕事は乗せ、運び、降ろし、待つこと。行き先は訊いても、わけは訊かない。着けば向こうから見せてくれる。降ろしたらエンジンを切って、急かさずに待つ。営業所の預かり棚には、何十年ぶんの忘れ物が縁者を待って並んでいる。そして夜明けまでに、必ず帰庫。取り壊しを待つ団地へ、水を抜かれた市民プールへ、今夜も客たちは見届けに行く。無線が呼んでいる。「三号車、三号車。お客様一名、どうぞ」

登場キャスト

章立て

  1. 第1章こんばんは、から始める
  2. 第2章行き先のないお客様
  3. 第3章無線室の灯
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