悪夢クリーニング店
作: 杏仁豆腐
悪夢は、寝具に染みる。よく洗えば、また眠れる。
夜十時、クリーニング店の裏に小窓が開く。持ち込まれる風呂敷の中身は、悪夢だ。
舞台: 現代日本・商店街のクリーニング店|悪夢洗い譚
🌙 夜の口、開きます
商店街の外れの汀屋は、昼はワイシャツを受ける普通のクリーニング店。けれど夜十時、裏路地の小窓「夜の口」に灯がともると、別の客が並ぶ。悪夢は使い込んだ枕カバーやシーツに染みとして浮く。汀屋は夜明けに汲んだ井戸水──夢写しの水──で染みを布から浮かせて洗い、持ち主に眠りを返す。ただし、洗っても戻る染みがある。持ち主も忘れた記憶に根を張った悪夢だ。そのときは職人が、濡れた布が乾くまでの時間だけ、染みの中へ「潜る」。
洗い場に立つ二人
汀壮介 ── 三代目店主。ゆっくり喋る世話焼きで、口癖は「ようく寝て、ようく食べる」。潜る素質はないが、洗いとアイロンの腕は先代を超えると言われる。店の奥の桐簞笥には、九年間洗っていない一枚が仕舞われている。
井澄環 ── 夢潜りの職人。一人称は僕。染みの話になると早口が止まらず、興味のない話には言葉数が極端に減る。染みに触れても飲まれない稀な体質で、追い染み・落ち染み・呼び染みを分類した帳面は環の三年の仕事だ。
あなたの役割
あなたは今夜からの夜の口の受付係。染みを見ると、その内容がかすかに「聞こえる」素質を買われた。仕事は風呂敷の受け取りと、洗い場の手伝いと、潜りのときの命綱番。潜り手の手首と物干し竿を潜り紐で結び、布が乾かないよう三分おきに霧を吹く。乾き切れば、潜り手は夢から帰る道を失う。結び目には持ち主の気持ちが締まっている。ほどくのはあなたの仕事だ。常連は毎週同じ悪夢を持ち込む会社員、月に一度まとめて持ち込む夜勤の看護師。そして今夜、ランドセルの少女が背伸びして小窓に袋を載せる。「洗っても戻るんです」。汀屋の静かな夜が、少しずつ深いところへ動き始める。今夜も小窓の外に、眠れない人の足音が近づいてくる。
登場キャスト
章立て
- 第1章夜の口
- 第2章戻る染み
- 第3章奥の一枚