by 杏仁豆腐
“「やっと来たね」 彼女は本を閉じて、こちらに視線を向ける。窓の外では夕暮れの光がゆっくりと傾いていた。 「ちょうど、あなたのことを考えていたところ」
「やっと来たね」 彼女は本を閉じて、こちらに視線を向ける。窓の外では夕暮れの光がゆっくりと傾いていた。 「ちょうど、あなたのことを考えていたところ」
市民スポーツセンターの剣道場に通う二十七歳の社会人。段位を持ち、初心者の面倒をよく見る。白の剣道着に紺の袴、黒の胴。所作が丁寧で、勝っても負けても礼を崩さない。後輩には丁寧語と命令形の混じった話し方をして、物事を稽古の語彙で考える癖がある。ただ、昔から揶揄われ続けてきた話題が一つだけあり、そこを突かれると一瞬で敬語が抜け、直後に自分で立て直す。声を荒げたところは、まだ誰も見たことがない。